2-6: 死は良き隣人である。望まれていないときに来ることを除いて。
なぜか動いている首なし死体は、圧倒的な膂力で跳び、槍をこちらに向けて突進してきた。
それを、アラースの三つ叉槍が遮った。
「おいおい、死体は見慣れてるって言ったけどよぉ、こういうのは初めてだぜぇ」
「大丈夫か! アラース!」
「大丈夫ですよぉ! でもこれ、普通の人間よりもよっぽど力ありますよ!」
死体が、槍をねじって三つ叉槍をひねった。
急に横の回転を加えられたことで、アラースが一瞬だけ躰のバランスを崩す。
そこを目掛けて死体が槍を突き刺した──が、アラースはそれを槍の柄で受け止めた。
「えっ、何? 死んでなかったってこと?」
と言ったのはレーヴだった。
そんなわけがない。
「いくらなんでも頭を落とされて死なない人間がいるか?」
「でもセレファイスでは人は死なないって……」
「恐らくは魔術師が近くにいるのであろう」
と、アクロニオンが周囲を警戒しながら言った。
「死体を操る魔術の類いがあると聞いたことがある。魔術で膂力の強化でもしているのだろう」
「だからあんなに力が強いし、素早んですね……」
「ボクはてっきり、動きが速いのは頭がないから軽いのかと」
「きみのそういうドライに観察するところ、僕、もう少し慣れるのに時間が掛かりそうだ」
「いや、探偵の言うことも一理ある」
「あるんだ」
「だが死体を殺しても結局死体だ。魔術師本体を見つけない限りは勝ちがない」
アクロニオンの言葉に、レーヴも僕も頷いた。
「アラース! 堪えられるか!」
「楽勝ぉ! ──とは言いませんけど、団長が何とかしてくれるまでは足止めしときますよ!」
「頼む!」
そう言ってアクロニオンは走り出した。
僕らもその後を追う。
死体は、動きを見せた僕たちに素早く反応した。
しかしそれを予想していたアラースの方が、今回は動きが速かった。
「目もないのに、デートの途中で他の男に目移りかい?」
死体はアラースの槍で腕を切ったようだったが、怯む様子はなく、今度はアラースに集中することにしたみたいだった。
その間に、僕ら三人は裏路地を入口へと走った。
袋小路から少し戻っただけで、辺りは地獄絵図だった。
兵士が何人も、躰を貫かれて──死んでいる?
「死んではいない──が、気を失っている」
と、アクロニオンが確認した。
そのとき、誰かが血を吐くのが聞こえた。
「大丈夫であるか!」
アクロニオンがすぐに近づく。見ると、兜と鎧に守られて比較的軽傷だったらしい兵士が地面に座り込んでいた。
「……申し訳ありません、不甲斐ないばかりに──」
「良い、何があったか、端的に申せ」
「運んでいた死体が、急に動き出して──護送兵を襲撃、ここに入るのを私も追って……」
「突然動き出したってことは、予め魔術の類いが仕込まれていたってことかな。それとも……?」
「レーヴ、考えるのは後だ、とりあえずこの人を手当てできるところに──」
そして僕は、その兵士に肩を貸そうと近づいた。
兵士は何とか僕の肩に手を回して、僕に体重を預けるようにしながら立ち上がった。
「団長、後はよろしくお願いします──」
──と、兵士が言い終わるかどうかの瞬間だった。
アクロニオンが剣を抜いて、それを兵士に突き立てていた。
あまりに速く気付かなかった。
それと同時に、僕の喉元に、兵士が短剣を突きつけていた。
「吾輩を団長と呼ぶのは、あの軽薄なるアラースだけである」
「……はぁ? 詰まんな」
兵士の声は、甲高く耳障りな女の声になっていた。
心底興ざめというように、兵士は──兵士に扮した女は、アクロニオンから離れるように、僕を解放しつつ飛び退いた。
短剣が、カランと音を立てて地面に落ちた。
「めんどくさ。あーし、めんどいの嫌いなんだよね。死にてー」
「何だお前は? お前がこれをやったのか?」
「わかりきったこと訊くじゃん。頭悪いんだね」
「それさえ訊ければ充分である!」
そう言って、アクロニオンは兵士の姿をした何者かに斬りかかった。
それは電光石火と言っても良かった。
しかし女は、それをぎりぎりで回避し、また後ろに飛び退いた。
それでも掠ったアクロニオンの一撃が、女の兜と鎧を切り裂き、両方ががらんがらんと音を立てて地面に落ちた。
「うっわ女の子の扱いが分かってないって感じ。自己紹介もまだなのにさ」
兜と鎧から現れたのは、細身の、嫌らしく嗤う、金髪の女だった。
その女に、感じ覚えのある雰囲気があった。
昨日、あの魔術師と対峙したときと、同じ──
「あーしは星の智慧派、第二の角、ターラと申します。以後、お見知りおきを──揺りかごから、墓場まで」




