2-5: 死は生命の終わりである。したがって、個人はその人生のうちに主観的な死を経験しない。
アクロニオンに連れられて、背後はアラースに見張られながら、両者に挟まれるようにして僕らは路地裏の奥、袋小路のところまで移動した。
「まるで護送じゃないか。探偵に対する扱いじゃないよね」
と、レーヴはまた僕に耳打ちをした。
「信用を築くまでは、探偵だって部外者だからな」
「じゃあ、これを解決すれば、ボクの輝かしい第一の事件ってことになるね」
「ちょっと待て、これが初めての事件なのか?」
「覚えている限りではね」
「そうか、忘れているだけってこともあるか」
袋小路には厳重な警備体制が敷かれていた。
軽く見渡す限り、死体はない。血痕は残っているが、ほとんど血は乾いていて、今はワインをこぼしたのと見分けが付かないくらいだった。
「第一発見者と、そう言ったな」
と、アクロニオンが僕らを眼光だけで威圧しながら言った。
「間違いないか?」
「間違いないです。死体は?」
「既に片付けた。ずっとそこに放置しておくわけにもいくまい」
「死体って、どんな死体だったんですか?」
そう訊ねた僕に、アクロニオンは不審そうな目を向けた。
「貴様が第一発見者だろう。知らないわけがあるまい」
「発見は昨日の夜でしたし、気が動転してしまって、ちゃんと見てないんです。頭部がなかったこと──首が切られていたことは、覚えてますけど」
その光景を思い出して、身震いした。
息を吸って、そして吐いた。
「吾輩も実際に見たわけではなく、今は護衛軍が王室に運んでいるところである。そこで、医者の類いがその死を調べることになるであろう」
「そもそも、セレファイスで死体なんて見つかること、あるんですか? セレファイスでは、人は死なないはずでしょう?」
僕の質問に応えたのは、アラースだった。
「ま、当然の疑問だよねぇ。でもま、結論から言えば、俺たちは死体を見慣れてる」
「どういうことです?」
「王室護衛軍は、何もセレファイスを守るだけじゃない。他の場所の紛争を解決するために派遣されたりすることもあるし、災害から人々を守ったりすることもある。特にレン高原の方は自然や神の力が強いからな。そういうところでは、死体を見ることは珍しくない」
そうなのか、と一瞬納得しようとしたとき、レーヴが意地悪な顔をして言った。
「それ答えになってなくない? ナギが訊いたのは、『セレファイスで死体が見つかることはあるのか』ってことでしょ? 何かあるんですか、隠したいことが?」
レーヴの指摘に、アラースは苦笑いをして言った。
「アクロニオン団長ぉ、俺、こいつ苦手かも」
アクロニオンは、団長と呼ぶな、と一度溜息をついてから、レーヴに向けて言った。
「部下が失礼した。答えはイエスである。セレファイスでも、死体が見つかることはある」
アクロニオンの言葉に、僕は少なからず驚いた。何せ、セレファイスには死がないことは大前提だと思っていた。だから、それを確認したいと思った。
「でも、セレファイスには死がないんですよね?」
「そうだ。セレファイスには死がない。だが、死がないだけだ。死体はありえる」
意味が分からない。
そのとき、
「あ、なるほど。持ち込まれるんですね?」
と、レーヴが閃いたように言った。
「そうだ。セレファイスの外で発生した死体が、ものとして中に持ち込まれることがある。何も事件だけとは限らない。例えば何人かで旅をしていて、旅の途中でその中のひとりが死んでしまって、残りがセレファイスに辿り着いた場合──などであるな」
なるほど、それなら確かに有り得る。
そう言われると、セレファイスに死体が存在すること自体は不思議ではないのか。
「だが、今回は明らかに他殺である。つまり、殺した人間か、あるいは少なくとも死体をここに運び込んだ人間がいるということになる。その人物を見つけて、必要な処置を執らねばならぬ」
「ボクが死体を見たときには、血は首の切断面から流れてた。それに、血が垂れたような後は、この裏路地のどこにもなかった。つまり、死体は裏路地の入口から持ち込まれたものではないんじゃないかな」
「ずた袋のようなものに死体を入れて、ここで放置した可能性があるのではないか?」
「それも考えたけど、わざわざここに来て、ずた袋から死体を出して放置する意味が分からない。仮に死体の受け渡しがあったのだとすれば、ずた袋ごと放置で良いはず。だからボクは、死体はここでできたものだと思ってる」
「つまり、ここで殺されたということかね?」
「あるいは、ここに突然現れたか──。瞬間移動の魔術か、それか──」
その先を言わず、レーヴは頭上を見上げた。袋小路を形成する高い建物のその先に、まるで穴が開くように小さく空が見えた。
その意図を汲み取ったらしいアラースが口を開いた。
「確かに、それなら鳥か竜か、そういうものの使役でも可能になるよな。外で殺して、セレファイスの境界内に死体を落とす、良い手かもしれねぇ。でもよぉ、その場合は死体に傷が残るんじゃぁねぇのかい?」
「その可能性は高いとボクも思う。だから、死体に地面に打ちつけられたような痕がないか、ぜひ調べたいよね。そしてもし、そういう打撲痕があって上から落ちてきたことが確実になったとすれば、血の方は偽装かもしれない。ボクたちが見たとき、まだ血は乾いてなかった。月明かりが反射する程度にはね。だから、もし首から本当に流れている血だったとしたら、頭上から落ちてくるとき、それが飛び散ったと思う。でも、そういう形跡は残ってない。それなら、もう血が流れていない死体を頭上から落とした後で、誰かが血の偽装をしたってことになる」
「それがあんたって可能性もあるわけだ」
アラースの言葉に、レーヴは一切動じず、そうだよ、と応えた。
「しかしとにかく、死体の調査を待つほかあるまいな。それから──」
と、アクロニオンが何かを言いかけたとき、袋小路に繋がる道の方──僕らが歩いてきた方から、兵士の叫び声が聞こえた。
何事かと、その場の誰もが息を呑んでそちらを見た。
兜も被らず、槍を持たない兵士がひとり、決死の形相でこちらに走ってきた。
「たすけ、たすけて」
何かを言い終わる前に、兵士の装甲を後ろから槍が貫いた。
その槍を持っていた人物に、僕は見覚えがあった。
例の首なし死体だった。
【レン高原】
未知なるカダスに繋がるともされる、険しい凍てつく土地としてラブクラフト作品で言及されているが、詳細は不明。




