2-4: 犯人は現場に戻ると言われるが、それを期待することは無能である。
事務所でワイルドさんとしばらく話をしてから、僕たちは事務所を出てある場所に向かった。
死体があった裏路地である。
昨日の夜、死体を発見してから僕はすぐにその場を離れてしまったし、レーヴも逃げ出した僕の後をすぐに追ったという。したがって、実は死体の調査(あのときのレーヴの言葉を借りれば死体の処理)はちゃんと行われていなかった。
死体とレーヴがどのような関係にあるのか、あるいは関係などないのかも分からないが、少なくとも調査しておく価値はあるだろう。
「暗かったからね、死体の年齢や性別さえ、未調査だったから」
と、裏路地への道を歩きながらレーヴは口惜しそうに言った。
「でも、あれには頭がなかったじゃないか。それでも調べたら、何か分かるのか?」
「死人に口なしとは言うけれど、死体は雄弁だよ」
「比喩になってないけどな、今回の場合」
「例えば、何か持っていたものはないかとか、そもそも死んだのは首を切られたからなのか、殺されてから首を切られたのかとか。骨格を見れば男か女かくらい分かるし。後は、争った形跡があるかとか。もしあれば事件に巻き込まれたのかもしれないし、もしないなら、例えば薬で眠らされてから殺されたか、あるいは知り合いが犯人だから油断してたのかもしれない。靴に泥がついているかどうかが確認できたら、最後に雨が降った日を調べれば、どの辺を歩いたかとかも分かるかもしれない。死んでからどれくらい経ているかとかも、分かる場合もあるかも」
「そういうものが、手掛かりになる?」
「なる、かもしれない。ならないかもしれないけど、情報はないよりも多い方が良い」
そんなことを言いながら、昨日入った裏路地の入口まで歩いた。明るい時間に見る裏路地は、闇に繋がる地獄の一丁目などではなく、ただの裏路地だった。それでも、その先に死体があることを考えると、やはり不気味だった。
またあの、頭のない死体を見なければいけないのだ。あまり何度も見たいものではない。
「大丈夫だよ、別に死体を調べるのはボクがやるし。それ以外の現場検証とかを、頼むよ助手くん」
そう言ってレーヴは僕の背中を叩いて先に裏路地へと入っていった。
深呼吸して、僕はその後を追った。
裏路地は、前と同じでひとけもなくて閑散として──いなかった。
あちこちに兵士が立っていて騒々しい。
奥まで行こうとすると、そのうちのひとりに止められてしまった。
「ここは立ち入り禁止だ。この先は行き止まりだぞ」
「そこに用があるんだよ、ボクは探偵だから」
「は?」
「すみません、この子の言うことは無視してください。えっと、何かあったんですか?」
「信じられないかもしれないが、この路地裏で死体が発見されたのだ。しかし知っての通り、セレファイスでの死体など滅多にあるものではない──いや、俺自身、一度も見たことがない。そこで厳重体制として、王室護衛軍が調査を行っている」
「星の智慧派の活動も活発になってきていますし、恐いですよね」
「その通りだ。今のセレファイスは危険なのかもしれない。きみたちの安全は俺たちが守るから、大人しく帰るんだな」
槍を持った兵士は、そう言い終わると『もう話は終わり』という空気をあからさまに出して僕たちから目をそらした。
蔑ろにされたと思ったのだろう、レーヴが不満そうに僕に耳打ちをした。
「ちょっとどういうことさ? 状況を説明してよ」
「僕だって分からないよ。でも、死体が別の誰かに見つかって、王室護衛軍がその調査を始めたってことだろ」
「王室の護衛がわざわざ?」
「セレファイスでは滅多に事件なんて起きないんだよ。ましてや殺人事件なんて歴史初じゃないのか? だから、基本的には王室の護衛くらいしか必要ないんだ。それも襲撃なんて滅多にないよ。ただ、王様を護衛しないってのは有り得ないから、体裁として組織されているだけみたいなもので──」
「王室って?」
「まぁ、僕も詳しくは知らないけどさ、このセレファイスを創った王のいる場所だよ。王様の名前はクラネス、だったかな」
「……その王室護衛軍が、王様の護衛への戦力を割いてまでこの事件を調査してるって?」
「……言われてみると、ちょっと大袈裟だな」
「セレファイスでは、人は死なないはずなんだろ? それなのに人が死んだっていう、この矛盾、もしかして、何かちゃんと理由があるんじゃないのかな。それこそ、セレファイス自体を脅かすような──」
「だとしたら、やっぱり星の智慧派が──?」
「なんだお前たちは。部外者は立ち入り禁止であるぞ」
急に知らない人の声がして、コソコソ話をしていた僕らは驚いて振り返った。
そこには、マントが付いた鎧を身に纏う、大柄な男の人が立っていた。その腰には鞘が垂れていて、剣が収められている。精悍な顔立ちで、まるで正義そのものの威光を背負っているような男だった。
「アクロニオン様! お務めご苦労様です!」
「ご苦労様です!」
「ご足労ありがとうございます!」
周囲の兵士が一斉に敬礼した。その歓迎を受けた、アクロニオンと呼ばれた男は、しかし困ったように肩を竦めた。
そのアクロニオンの後ろから、別の男が姿を現した。他の兵士と同じく槍兵のようだが、格好は鎧姿ではなく軽装で、背には槍を背負っていたが、他の兵士とは異なり三つ叉だった。その男は、アクロニオンを揶揄うように言った。
「流石、アクロニオン団長は人徳があるなぁ」
「団長扱いはやめろ、特にお前は」
「いやいや、職場ではちゃんとしないと。親友でも、きみは立派な上司だよ」
「そういうことじゃなくてだな──」
何かを言いかけたアクロニオンは、しかしそれを飲み込んで、それから改めて僕らに向き合った。
「──失礼。吾輩はアクロニオン・アファーマー。王室護衛軍の者である。こっちの軽薄なのはアラース・アルベルトという。吾輩たちは、ここで起こった事件を調査している立場にある。ここは今、市民は立ち入り禁止なのである」
ちゃんとした自己紹介を受けたので、僕とレーヴは少し居住まいを正してアクロニオンと向き合った。
「ナギ・パスツールです。えっと、僕らが多分、その事件の第一発見者です」
「レーヴ・レヴェリです! 探偵として事件を解決に来ました!」
「第一発見者?」
と、アクロニオンはレーヴを無視して僕を見た。
レーヴは二度も蔑ろにされて、すっかり落ち込んでしまった。
【クラネス】
原作の『セレファイス』の主人公であり、その後もラブクラフトの作品に時々登場する。
【アクロニオンとアラース】
ダンセイニ卿の『ブック・オブ・ワンダー』にある『女王の涙を求めて』に出てくる、ある冒険に出ることになる勇敢なふたり。原作のアクロニオンは剣士というよりも吟遊詩人、アラースは原作でも槍兵ですが、アラースの性格は原作ではちょっと違います。




