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セレファイスの死体は不死の夢を見るか?  作者: 帽子
第一章

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2/13

1-1: 名誉。獲得すれば自分のものであるのに、自分の思い通りにはならない所有物のひとつ。

「慣れたかい、ナギ」

 と、雇い主のワイルドさんに言われ、僕は笑って応えた。

「はい、何とか。最初は変な仕事だと思いましたけど」

「そうじゃない。こっちのこと、全般についてもだよ」

「ああ、えぇ、まぁ。でも、正直、ここに来る前のことは何も覚えてないですから、最初からここに生まれたようなものですよ」

「セレファイスに来る者にはそういう人も多いがね、きみは以前の自分には興味がないのかね?」

 ワイルドさんは、昨日と変わらず草臥(くたび)れたシャツを着て、背の高い椅子に膝を立てて座ったまま、右手で自分の耳を揉むように触りつつそう言った。その表情は特にこれといった感情がなく、ただ訊いただけ、という感じだった。

「ないわけじゃないですけど、逆にワイルドさん、前世を知りたいと思いますか? それが、今の自分にまったく影響を与えていないとしても」

「どうかな。つまりきみは、もしも以前の自分が今のきみに影響を与える、あるいは与えているとしたら、それを知りたいと思うかい」

「なるほど、確かに言われれば気になるかもしれません」

「連続性だね」

「何です?」

「以前の自分と今の自分が繋がっていないと思うから、興味も湧かないのかもしれない、ということだよ」

「なるほど」

 と、そんなことを言いながら、僕はワイルドさんの机を整理して、昨日の退勤時には綺麗にしたはずの床一面に散らばる本やら書類やらをまとめあげて適材適所で戻し終わった。

 本の十時間程度で、よくもまぁ、毎日ここまで散らかせるものだと、雇い主ながら呆れないと言えば嘘になる。


 ──僕がセレファイスに来て、一ヶ月くらいになる。


 それ以前のことは覚えていない。覚えていたのは、自分がナギ・パスツールという名前だったことくらいだ。気付くとセレファイスの大通りに倒れていて、自分がどこから来たのかも、最初はここがセレファイスという都であることも、知らなかった。

 何の身よりもなかった僕を助けてくれたのが、ワイルドさんだった。ワイルドさんは、彼の仕事を手伝う代わりに、狭いが暮らすには充分な部屋と、仕事に合った給料をくれると言った。

「きみみたいな身寄りのない人間にしかできない仕事もあるからね」

 一見すると浮浪者のような見た目をしたワイルドさんはそう言った。後にも先にも、ワイルドさんが笑ったように見えたのはあのときだけだったと思う。


「じゃあ、今日の仕事だがね、シーハンのビリヤード場に行って、ここに書いてある通りのことを話して欲しい。終わったら、今日はもう帰って良い」

 そう言いながら、ワイルドさんは僕に四つ折にした紙を手渡した。

「結構町外れですね。酒場なんて、僕も入って良いんでしょうか」

「なんだい、自分の年齢でも思い出したのかね」

「あ、いえ」

「見るところ、きみは大人にしては童顔だが、子ども扱いするには薫陶(くんとう)が済んでいるようだからね。私は、きみを大人として扱っているが、不都合かね?」

「いえ、そんなことは」

「きみと同じような人間も、セレファイスには少なくない。特に、ここを異世界と呼ぶ者たちの中にはね」

「色んな人がいるんですね、セレファイスには」

辟易(へきえき)終着駅(ターミナル)だからね」

「別の誰かは、希望の都って言ってましたけど」

「希望を求めて行き着く場所と、現実に疲れ切って辿り着く場所は、結局同じさ」

 と、もう僕の方なんて見ないで、ワイルドさんは既に別の書類に目を通していた。そういうときのワイルドさんを邪魔してはいけないと分かっていたので、僕は今日の仕事の確認を手っ取り早く済ませることにした。

「この紙に書かれている話をすれば良いんですか? それだけ?」

「それだけだよ。仔細は任せる。大筋が違っていなければ良い」

「話をするって、誰と?」

「別に誰でも良い。店主のシーハンでも、常連客でも」

 これ以上は特に確認することもないと思い、僕はもらった紙をポケットに仕舞って、出かける準備をすることにした。

「それにしても、いつも不思議ですけど、こんなことをして、どうなるって言うんです?」

「分からないかね」

「分からないです」

「それでいい。分かられては、意味がない」

 こういう煙に巻いた言い方をするときのワイルドさんに深掘りをしても無意味であることを、既に僕は学習していた。だから、それ以上は何も言わず、「行ってきます」とだけ言って、ワイルドさんの事務所を出た。


 ワイルドさんが事務所と呼ぶその部屋には、真鍮の看板が打ちつけられている。

 そこには、こうある。


《名誉修理、承ります。ワイルド・ワイアード》


 ワイルドさんは、『名誉修理人』なのだ。

 それがどういう仕事なのか、僕はまだよく知らないけれど。

クトゥルフ神話などのモチーフを取り入れたりするので、元ネタを後書きにときどき書いていこうと思います。元ネタ通りの設定とは限りませんが、興味があればぜひ元々の作品も読んでみてください。


【名誉修理人】

チェンバースの短編集、『黄衣の王』の最初の一編のタイトルでもあります。原作でも、『ワイルド』という名前の『名誉修理人』が出てきます。原作のワイルド氏は、指がなかったり、耳が蝋でできた偽物だったりするのですが、こちらのワイルドさんにはそういった欠損はありません。

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