2-2: 当然だが、推理とは空想ではない。
ワイルドさんの事務所は、一見するとただのアパートに見える。
芸術家志望の若者が日々の生活費を抑えるために選ぶような、言ってしまえば、まぁ、年季の入った石造りのアパートだ。そういう建物はセレファイスに多い。
その一階部分は大通りに面しているから、店を構えるには最適なロケーションだ。しかし、色んな店ができてはなくなり、できてはなくなりを繰り返している。一番長かったときは武具店、最後は書店だったと、ワイルドさんは言っていた。
今は空き家になっていて、最後に書店だったときに売れ残った本がそのまま放置されている。ワイルドさんは時折下に降りて、めぼしい本を探して拝借したりしているようだった。
「凄く雰囲気のある職場だね」
と、レーヴが笑顔で言った。皮肉かと思ったけれど、探偵趣味の彼女のことだ、本当にそう思って言ったのだろう。
「事務所は二階だよ」
そう言って、僕は階段を昇った。
外から続く石段を昇った先には、やはり小汚い、レーヴに言わせれば『雰囲気のある』木製の扉がある。その扉には、真鍮で看板が出ている。
《名誉修理、承ります。ワイルド・ワイアード》
「本当に名誉修理人なんだ」
看板を読んだレーヴが、関心するように言った。
「疑ってたのか?」
「そんなつもりはないけど、仕事として名乗っているかどうかは半信半疑だったかな。でも、こうして看板が出てる。つまり、本当に仕事なんだ。クライアントとの間に、成り立つような」
「まぁ、そうだよ」
「いくらくらいなの? 名誉修理」
「え? 聞いたことないな。少なくとも僕はお金のやり取りをしているところを見たことはないし」
「でも、きみは給料をもらってるんだろ?」
「週払いでね。あの安いアパートにひとりで暮らせる程度には」
「じゃあ、きっと名誉修理のクライアントからは対価をもらっているはずだよね」
「そのはずだけど……でも記憶にはないな。ひょっとすると、そういうのは僕の見てないところでやり取りしてるのかも」
「どうして?」
「分からないけどさ、金額が知れると、良くない推測をされてしまう、とか?」
「あぁ、金額が大きいということは、大きな名誉の修復だから、みたいなこと? それでクライアントの素性も分かっちゃう、みたいな」
「そう、僕も基本的には、一々クライアントの素性を知らないんだ。名誉修理に来ていること自体が、名誉が傷ついていることを図らずも確実にしてしまっている。だから、多くのクライアントはそれを望まない。ここを訪れたこと自体が、名誉を傷つけることもあるからね」
「なるほどねぇ」
レーヴはそう言って、うんうん、と腕を組んで頷いた。
僕はそれを黙って見ていた。
「……ん? 何を見てるのさ」
「え?」
「ずっとボクの方を見てたからさ」
「あぁ、いや」
「……あ、なるほど。なるほどね」
「何だよ」
「きみ、ここに入りたくないんだ?」
「推理するのをやめろ」
どうやら自分の考えが間違っていないらしいと確信を得たレーヴは、僕の様子を見ながら勝ち誇ったように笑った。
「きみは昨日、裏道に入った。あの裏道はボクのいたところで行き止まりになっていたから、そのことを知らないで入ったか、知っていて入ったならあの行き止まりに用事があったことになる。でもボクや死体に驚いていたことを鑑みると、きみはあの死体と関係ない。そしてあそこには他に誰もいなかった。つまり、行き止まりなのを知らないで入ったってこと──行き止まりに用事があったわけじゃないってことだろ? 裏道をわざわざ通るのは、そして途中で引き返さなかったのは、近道をしたかったから? つまりきみは時間に遅れそうになっていた? それが今、ここに入りたくない理由? きみ、上司に言われた何かに間に合わなくて、その失敗を報告しないといけないんじゃない?」
「本当に推理力があるタイプの探偵なのかよ」
「きみ、ボクのことを少し莫迦にしてるだろ」
「してないよ、もう」
「してたのかよ」
まぁ、いつまでもこうしてここに立っていても仕方がない。
仕方がないので、僕は扉のノブに手を掛け、それを回し開けて、事務所の中に入った。




