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セレファイスの死体は不死の夢を見るか?  作者: 帽子
第二章

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10/13

2-1: 役をもらわなければ舞台には立てない。舞台だけを見る客に、無役は存在していない。

 朝食を食べ終わった僕たちは、とりあえずワイルドさんのところに行くことにした。

 理由はいくつかある。

 ひとつは、昨日の仕事を失敗していると早めに謝らなければいけないから。

 加えて、それはそれとして、今日も仕事はあるはずだから。

  そして最後に、ひょっとするとワイルドさんなら、レーヴの素性を調べることができるかもしれないから。


「で、何なのさ、その名誉修理人っていうのは、結局?」

 事務所に向かいながら、レーヴが言った。仕事を失敗した理由について『うっかりしていた』以外の理由を思いつけないか考えながら歩いていたので、ちょっと反応が遅れた。

「え? まぁ、そのままだよ。名誉を直す仕事」

「それ、説明になってると思ってる?」

「馬車の修理士は馬車を直す仕事だろ。馬車をどうやって直すか知らなくても、それで納得できるはずだ」

「それはまぁ、確かに」

「だから僕も、とにかく『名誉を直す仕事なんだ』って納得しているよ」

「でも気になるな。どうやって直すんだろう。きみは仕事を手伝ってるんだろ? 何か知らないのかい?」

 まるで推理の材料を集める探偵のように、レーヴはそう訊ねた。

「指示を受けて、その通りにしているだけだからなぁ。多分、それが巡り巡って誰かの名誉を回復することに繋がっているんだと思ってるけど、その詳細は分からない」

「興味深いね」

 と、レーヴは歩きながらパイプを咥えた。

 パイプに火は点いていない。

「火、点けないの?」

「あぁうん、煙たいの苦手だから」

「え? じゃあ、何のためのパイプなんだよそれ」

「探偵と言ったらパイプだろ? そしてキャスケット帽にケープ」

「見た目から入るタイプなんだな」

 半分くらい呆れて言った僕に、レーヴは人差し指を立てて『チッチッチ』と舌を鳴らした。

「違うね。内面が外に出るタイプなんだ」

「外見には分からないけどね」

「内面がね。だから見た目が大事なんだよ」


 まぁ、それは一理ありそうな話だった。

 内面は外からは見えない。

 だから、外見に気をつけないと、誤解されてしまう。


「それにしても不思議なのは、きみが記憶喪失だって言うのに探偵だってことは覚えてるってことだよ。そんな記憶喪失もあるんだろうか」

「あるんじゃないかな。現にボクがこうしているわけだし」

「少し考えたんだけどさ、きみはもしかして、セレファイスに来たばかりなんじゃないかな」

 僕の言葉に、少し真面目に考える気になったような顔をしてレーヴがこちらを向いた。

「と言うと?」

「言い方が難しいんだけどさ、セレファイスに来る前の場所っていうのが、誰にでもあるはずだろ? レーヴは、その場所からまだ来て間もないんじゃないかな、ってこと。そういう人は、以前の自分をちゃんと思い出せなかったりするしね」

 僕もそうだ。最初、自分の名前くらいしか覚えていなかったし。

「ボクもセレファイスに来たばかりで、以前のボクも探偵で、それだけを覚えていて──ってことかい?」

「そういうこと。どう、何かそういうところの覚えはない?」

 顎に手を当ててレーヴは唸った。その様子は、確かに探偵だと言われれば様になっている気がする。

「ないんだなぁ。上手く言えないんだけど、でも、自分が探偵だってことは確かだと思うんだよ」

「不思議な感覚だ。僕にはピンと来ない」

「でも、悪い気はしないよ」

 そう言ったレーヴの声色は、確かに晴れ晴れしていた。

 そう言えば、記憶喪失だというのに、彼女には暗いところや不安そうなところが一切ない。

 だから、『実は記憶喪失は嘘だった』と言われたらその方が信じられるくらいだ。

 でも恐らく本当に記憶喪失の彼女は、やはり爽やかに、言った。


「自分が何者なのか分かっているのは、気分が良い」


 自分が何者なのか分かっていることは、気分が良い。

 僕はその言葉を、頭の中だけで繰り返した。


 僕は、何者だろうか?


「多分これは、演劇で役が決まっているみたいなことだよ。役があって、上がるべき舞台がある。自分にはするべきことがあって、自分の存在意義はそこにある。だから、自分には価値があると信じられる。それは、とても幸福なことだと、ボクは思うな」

「もしもそれが勘違いだったら? 実はきみは探偵でも何でもなかったら、どうする? 道を行くエキストラみたいな、ただの端役だったら?」

 そう訊ねる僕は、多分少し意地悪だったと思う。

 意地悪したかったのではない。

 ただ本当に、そう疑問だったのだ。

 人は、自分が何者であるか、本当に確信できるのだろうか、と思ったから。

「何者になるかは自分で決められる。ボクは探偵だし、そうじゃないなら探偵になる。ただそれだけのことだよ。簡単なことだよ、助手くん」

「誰が助手って?」

「これから一緒に行動するんだ、探偵の近くにいるのは助手だと相場が決まってる」

「さっきは、ご依頼承りました、とか言ってたじゃないか。それなら僕はクライアントだ。その対価に、きみの素性を探る手伝いをする」

「別にふたつは矛盾しない。君はボクのクライアントであり、そして助手でもある。それで良いじゃないか。良いクライアント、優秀な助手であることを期待するよ」

 その言葉にどう返して良いか考えているうちに、それまで隣を歩いていたレーヴは僕の前に回り込んで、僕の方を向いて立ち止まった。

 そして、

「それとも、ボクの助手なんて役割じゃ、きみは不満かい?」

 と、僕の顔を覗き込んだ。

「──不満、ってことは、ないよ」

「そいつは重畳。ボクの方にも不満はないよ」

 そう言って、レーヴは背を向けて僕の前を歩き始めた。


 役割があることは、上がる舞台があるということ。

 語るべきこと、するべき何かがあるということ。

 僕には、これまであっただろうか?


 僕からどんどん離れていくレーヴの背中に、僕は声を掛けた。

「どこに行くつもりだよ。道、分かるのか?」

「あ、そっか」

 と、レーヴが立ち止まって振り返って、笑った。

 その様子を見て、とりあえず、今の所は、彼女の助手とやらの役割を(まっと)うしてみようと、そう思った。

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