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EP 6

共犯関係とイモッカの熱燗

厨房に備え付けられた魔導コンロに火を入れ、私は手早く『ピラダイの干物』を炙り始めた。

凶暴な肉食魚であるピラダイだが、熱を加えると鯛を遥かに凌ぐ極上の旨味が滲み出してくる。パチパチと皮が弾け、香ばしい匂いが漂い始めた。

隣のコンロでは、小鍋でお湯を沸かし、ポポロ村特産の強い芋酒『イモッカ』の入った小さな陶器を湯煎して熱燗にしている。

「……お待たせいたしました、旦那様」

「おお……っ」

テーブルに並べられた干物と熱燗を見た瞬間、ルーベンス様の瞳が少年のように輝いた。

彼はワイシャツの袖をまくったまま、まずは熱燗の入ったお猪口を手に取り、くいっと呷った。

「くぁーーっ……! 五臓六腑に染みる……っ」

完全に『ルナミス競馬場の帰りのおっさん』のリアクションだった。

続いて、こんがり焼けたピラダイの干物を箸でほぐし、口に運ぶ。

「美味い。ピラダイの濃厚な塩気と旨味が、イモッカの強いアルコールを完璧に中和して……無限に飲めるな、これは」

「ふふ、お口に合ってよかったです」

「合うどころか、最高だ。うちの城の専属シェフが作る上品なフレンチより、俺の舌にはよっぽどしっくりくる」

ルーベンス様は上機嫌で箸を進めながら、ポツリポツリと今日の『激務』について語り始めた。

「だいたい、あの魔王ババアは加減というものを知らないんだ。ルチアナ(女神)から届いた『朝倉月人』の限定グッズを買い占めるために、裏金を作るルートを俺に構築させようとするし……」

「ま、魔王様は、地球のアイドルがお好きなんですよね」

「あぁ。永遠の17歳などと自称して、福岡のライブツアーにお忍びで行く始末だ。その間の内政と、ルナミス帝国との関税交渉、すべて俺に丸投げで……はぁ、本当に胃に穴が開きそうだ」

「ふふっ、旦那様は本当に真面目で、国思いなんですね」

「真面目な人間が馬鹿を見る国なんだよ、ここは」

愚痴をこぼしながら熱燗を煽る姿は、冷血無比な魔族の貴公子というよりも、ただの『苦労性の中間管理職』だ。

私は向かいの席に座り、温かいお茶を飲みながら、こくこくと頷いて彼の話に耳を傾けた。

ルナミス帝国では、私の言葉に耳を傾けてくれる人なんて誰もいなかった。「無能なハズレスキル」と蔑まれ、屋根裏部屋に閉じ込められていた私にとって、こうして誰かと食卓を囲み、他愛のない話(国家機密スレスレの愚痴も混ざっているけれど)をする時間が、信じられないほど愛おしかった。

「……あ」

ふと、ルーベンス様が言葉を切った。

お猪口を置き、ハッとしたように私を見る。

「すまない。俺としたことが、敵国から来た政略妻である君に、魔皇国の内情(主に魔王のオタ活の惨状)をペラペラと……」

「あ……」

「それに、いくら君が料理を作ってくれたからといって、無干渉の契約を結んだばかりの君をこんな時間まで付き合わせて……嫌だっただろう」

ルーベンス様が、急に『冷徹な貴公子』の顔に戻って距離を置こうとする。

それがなんだかとても寂しくて、私は慌てて首を横に振った。

「嫌だなんて、とんでもないです!」

「……そうか?」

「はい。私……ルナミス帝国ではずっと、誰の役にも立たない『無能』だって言われて生きてきました。美味しいものを食べることも、誰かとお話しすることも許されなくて……」

自分の膝の上に置いた手を、きゅっと握りしめる。

「だから、私の作ったご飯を旦那様が『美味しい』って食べてくださるのが……私のお話を聞いてくださるのが、すごく、すごく嬉しいんです。だから、もしよろしければ……これからも、お夜食を作らせていただけませんか?」

私が上目遣いでおそるおそる尋ねると、ルーベンス様は驚いたように目を丸くした。

「……君が、無能?」

ルーベンス様は、心底信じられないというように眉間に皺を寄せた。

「俺の限界だった胃袋と理性を一瞬で回復させるほどの夜食を作れる女が、無能なわけがあるか。ルナミス帝国の連中は、揃いも揃って見る目がない節穴の馬鹿どもの集まりらしいな」

「えっ……」

「俺は、君の料理に救われた。君は俺の命の恩人(と書いて、激務のオアシスと読む)だ」

まっすぐな氷の瞳でそう断言され、私の胸の奥がじんわりと温かくなった。

家族にすら否定され続けてきた私を、この冷徹で不器用な魔族の旦那様は、たった一皿の肉椎茸丼とピラダイの干物で、全肯定してくれたのだ。

「……それに」

ルーベンス様は、ふいっと顔を逸らし、耳の端を少しだけ赤く染めながら、ぽつりと言った。

「誰かと向かい合って飲む酒は……悪くない」

「旦那様……」

「その……なんだ。昼間は俺も、内政統括の『冷徹な魔導師』としての立場がある。他の使用人の前では、今日のように冷たく振る舞うかもしれないが……」

「はい」

「夜、この厨房でだけは……その、頼りにしていいか? アリア」

名前を呼ばれ、私はパァッと顔を輝かせた。

「はいっ! お任せください、旦那様!」

「……いや、この親父モードの時は『旦那様』はやめてくれ。調子が狂う。ルーベンスでいい」

「じゃあ……ルーベンス様」

かくして、敵国同士の『冷徹な魔族の貴公子』と『無能なハズレ令嬢』は、深夜の厨房において、強力な【B級グルメの共犯関係】を結んだのである。

(明日の夜は、ルナキン風のポポロおでんにしようかな。うどんを入れても美味しそう……!)

私は頭の中で明日の夜食のメニューを組み立てながら、これからのアバロン魔皇国での生活が、たまらなく楽しみになっていた。

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