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EP 4

 深夜の厨房と肉椎茸丼

その日の深夜。

ふかふかのベッドで眠っていた私は、グゥゥゥという情けない音で目を覚ました。

「お、お腹空いた……」

アバロン魔皇国に来てから、三食きちんと美味しいものをいただいている。けれど、ルナミス帝国で長年『ゲロオムレツ』や硬いクラッカーばかりを不規則に食べていたせいで、まだ胃袋のサイクルが正常に戻っていないらしい。

時計を見ると、深夜の二時。

メイドのセリアを起こすのは申し訳ないし、そもそも契約妻の分際で「夜食を作って」なんて図々しいことは言えない。

(厨房の場所は、昼間に案内してもらって覚えているわ。……こっそり何か、つまめるものを探そう)

私はガウンを羽織ると、足音を忍ばせて屋敷の厨房へと向かった。

魔導石の柔らかな光に照らされた厨房は、ルナミスの実家のものよりずっと広く、ピカピカに磨き上げられていた。

巨大な魔導冷蔵庫をそっと開けると、そこには見たこともない高級な魔獣の肉や、色鮮やかな野菜がずらりと並んでいる。

「うわぁ……すごい。でも、こんな高級食材、勝手に使ったら怒られちゃうわよね」

私が探しているのは、もっとこう、怒られない程度の『端っこ』の食材だ。

冷蔵庫の隅の野菜室を漁っていると、見慣れた袋を発見した。

「あ、これ……『米麦草ライス・ウィート』だわ! こっちは『肉椎茸』に『醤油草』!」

ルナミス帝国でもおなじみの、庶民の味方である安価なハイブリッド食材たちだ。

魔族の国にも流通していることに驚いたけれど、これなら少し使ってもバレないだろう。

(よし、パパッと作っちゃおう)

実は私、料理には少し自信がある。

実家の屋根裏部屋で、あの殺人的に不味い『タロ缶1型』や『ゲロオムレツ』をどうにかして胃に流し込むため、わずかな配給材を使って味をごまかす『サバイバル・アレンジ術』を長年研究し続けてきたのだ。まともな食材を使えば、それなりに美味しいものが作れるはず。

私は手際よく米麦草を魔導鍋でふっくらと炊き上げた。

その間に、分厚いステーキ肉のような弾力を持つ『肉椎茸』をスライスする。熱したフライパンに獣脂を少し引き、肉椎茸を投入。

ジューッ! という食欲をそそる音と共に、キノコの旨味成分と肉の脂が溶け合った、たまらない香りが立ち上る。

そこに、ちぎった『醤油草』から絞り出した特上の醤油エキスと、少しの砂糖を絡めて一気に炒め上げる。甘辛く焦げた醤油の匂いが厨房いっぱいに広がり、思わず喉が鳴った。

どんぶりに炊きたての米麦草をよそい、その上に照りっ照りに輝く肉椎茸の炒め物をドサリと乗せる。

「……完成! 特製・肉椎茸丼!」

高級フレンチのような見た目ではないけれど、深夜の空腹を満たすにはこれ以上ない、最強のB級グルメだ。

「美味しそう……。あ、でも、こんな時間に私だけ美味しいものを食べるなんて、ちょっと罪悪感が……」

ふと、昼間に頭を抱えていたルーベンス様の顔がよぎる。

あの後も、彼は夕食にも姿を見せず、ずっと執務室にこもったままだったはずだ。

(旦那様、ちゃんとご飯食べてるのかな……)

「……その、暴力的なまでに食欲をそそる匂いは、なんだ?」

「ひゃあっ!?」

不意に背後から低く掠れた声が聞こえ、私はビクッと肩を跳ねさせた。

恐る恐る振り返ると、厨房の入り口に、フラフラと幽鬼のように佇む人影があった。

ルーベンス様だった。

しかし、昼間の『完璧で冷徹な魔族の貴公子』の面影はどこにもない。

漆黒のジャケットは脱ぎ捨てられ、ワイシャツの袖は無造作にまくり上げられている。きっちり締められていたネクタイはだらしなく緩み、美しかった黒髪も手で掻きむしったのかボサボサだ。

目の下の隈はさらに濃くなり、その落ち窪んだ氷の瞳が、私の手元にある『肉椎茸丼』をギラギラと見つめていた。

「だ、旦那様!? あ、あの、ごめんなさい! 勝手に厨房を使ってしまって……お腹が空いてしまって、つい……っ」

私は慌ててどんぶりを背後に隠し、頭を下げた。

無干渉の契約なのに、勝手に屋敷の食材を漁るなんて、非常識だと追い出されてしまうかもしれない。魔族の怒りを買って、闇魔法で消し炭にされるかも――!

ギュルルルルルルルルルルルッ。

私の悲観的な想像を打ち破ったのは、ルーベンス様の腹の底から鳴り響いた、ひどく雄弁な腹の虫の音だった。

「…………」

「…………」

気まずい沈黙が厨房に落ちる。

ルーベンス様は片手で顔を覆い、深い深い溜息をついた。

「……魔王あのバカの尻拭いと、ルナミス帝国の内務官オルウェルが仕掛けてきた関税の嫌がらせに対処していたら……昨日の朝から、コーヒー以外なにも胃に入れていなかった」

フラリ、とルーベンス様が歩み寄り、ダイニングテーブルの椅子にどさりと腰を下ろした。

「アリア」

「は、はいっ!」

「……君が背中に隠しているそれは、食えるものか?」

ルーベンス様の瞳は、完全に限界を迎えた飢えた獣のそれだった。

しかし、同時にひどく疲れ切っていて、放っておけないような危うさがあった。

「は、はい。ただの肉椎茸とお米を炒めただけの、安っぽいどんぶりですけれど……もしよろしければ、召し上がりますか?」

私がそっと肉椎茸丼をテーブルに置くと、ルーベンス様は食い入るようにその照り輝くB級グルメを見つめた。

「……毒見は、しなくていい。この匂いの前では、仮に猛毒が入っていようと俺は食う」

そう言って、ルーベンス様は無造作にスプーンを手に取った。

冷血無比と恐れられる魔皇国の貴公子が、私の作ったジャンクな夜食を口に運ぶ。

ごくり、と私は息を呑んでその様子を見守った。

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