EP 8
ビキニアーマーを捨てた女帝との出会い
ポポロ村のコテージの庭には、パチパチとはぜる炭の心地よい音が響いていた。
「よし、皮の表面がキツネ色になってきたわね」
私はトングを使い、網の上でこんがりと焼かれている大きな魚をひっくり返した。
村の川で獲れたという凶暴な肉食魚『ピラダイ』だ。見た目は少し怖いけれど、たっぷりと塩を振って炭火でじっくりと塩焼きにすると、鯛を遥かに凌ぐ極上の旨味が引き出されるのだ。
ジュワッ……と皮から滲み出た脂が炭に落ち、香ばしい煙がふわりと立ち上る。
「……たまらん。この匂いだけで、俺はイモッカをロックでいけるぞ」
テラスの椅子に深々と腰掛けたルーベンス様が、すでにサケスキーの入ったグラスを傾けながら、熱っぽい視線をピラダイ(と私)に向けている。
フェンリルたち『害獣(神々)』は、今朝ルーベンス様が「お前ら少しは自分で飯のタネを稼いでこい」と闇魔法で森へ狩りに放り出したため、今は久しぶりの平和な夫婦水入らずの時間だった。
「ふふっ、もうすぐ焼けますからね。お腹のところに『マヨ・ハーブ』を少し塗って、醤油草を――」
私が仕上げの調味料を手にした、その瞬間だった。
「――くんくん。……やべぇ、めちゃくちゃ良い匂いがするっすね」
背後の茂みがガサリと揺れ、ふらりと一人の女性が姿を現した。
思わず、私は手元のトングを落としそうになった。
(す、すっごく綺麗な人……!)
現れたのは、透き通るような白い肌と、氷のように美しい銀水色の髪を持った『超絶美女』だった。年齢は私より少し上……17歳くらいだろうか?
しかし、その圧倒的な美貌に反して、彼女の服装はひどく土臭かった。
ルナミス帝国にチェーン展開しているホームセンター『タローマン』で売っている、ガテン系職人御用達のダボダボのオーバーオール。首には白いタオルを巻き、手には無骨な片手斧を持っている。完全に『農作業の途中』といった出で立ちだ。
「あ、急にごめんっす。裏山で木を伐採して、サウナ用の薪を作ってたら、あんまりにも美味そうなBBQの匂いがしたもんで……」
女性が気さくに笑いながらタオルで汗を拭った、その時。
テラスでくつろいでいたルーベンス様が、サケスキーを盛大に吹き出した。
「ブーッ!? げほっ、ごほっ……! お、お前は……元氷魔将軍のスアイ!?」
「あ? ……なんだ、アバロンの過労死寸前貴公子じゃん。奇遇っすね。あんたもキャンプっすか?」
「なぜお前がこんな辺境の村にいる!? お前は三年前に突如として魔軍の幹部を辞表一枚で辞め、行方をくらませていたはずでは……!」
ルーベンス様が信じられないものを見るように目を丸くしている。
元氷魔将軍。アバロン魔皇国軍の兵士たちが回すガチャ(MODULE型糧食)において、血みどろの争奪戦が繰り広げられる【EXレア】カードの被写体その人だ。
「あぁ、将軍職っすか。あんなの、やってられないっすよ」
スアイさんは片手斧を肩に担ぎ、心底ウンザリしたようにため息をついた。
「だって、あたし『氷』の魔将軍っすよ? 年中吹雪の中で戦うのに、なんで支給される装備が『露出度90%のビキニアーマー』なんすか! 腹は冷えるし、霜焼けになるし、意味のないエロスはただのセクハラっすよ!」
「…………」
「『視聴者のPVが稼げるから我慢しろ』って魔王様は言うけど、冗談じゃないっす! あたしは世俗を捨てて、このポポロ村の山を切り拓いてDASH村(開拓キャンプ)を作ることにしたんすよ! 今は冬に向けてスキー場をDIY中っす!」
どうやら彼女は、魔皇国のセクハラ装備とブラックな職場環境にキレて、完全なスローライフ・キャンパーへとクラスチェンジを果たしていたらしい。
「あの……スアイさん」
スアイさんの熱弁に圧倒されつつも、私は焼き上がったばかりの『ピラダイの塩焼き』をお皿に乗せて、そっと差し出した。
「薪割り、お疲れ様です。もしよかったら、一緒に食べませんか? マヨ・ハーブと醤油草を焦がした、特製の塩焼きです」
「えっ……マジっすか!?」
スアイさんの美しい瞳が、ピラダイを見た瞬間にカッと見開かれた。
彼女は「いただきます!」と両手を合わせると、豪快にピラダイの身にかぶりついた。
パリッ……ジュワァァァッ。
炭火で炙られた皮が弾け、鯛以上にふっくらとしたホクホクの白身が口の中で解ける。そこにマヨ・ハーブの酸味とコク、醤油草の香ばしさが絡み合い、極上のキャンプ飯の味が爆発した。
「〜〜〜〜ッ!! うまっ!! なにこれ、超美味いっす!!」
スアイさんは目をキラキラさせ、オーバーオールをパタパタと揺らして歓喜した。
「外で食う炭火焼の魚ってだけで最高なのに、この脂のノリと塩加減! あんた、ただの可愛いお嬢様かと思ったら、ガチのアウトドア料理人っすね!?」
「えへへ、そんなことないですよ。……あ、熱燗もありますけど、飲みますか?」
「イモッカの熱燗!? 飲むっす! サウナと薪割りの後の塩焼きに熱燗……くぅ〜っ、整う〜っ!!」
イモッカのお猪口をくいっと煽り、おっさんのような歓声を上げる絶世の美女。
私はすっかり彼女と意気投合し、「今度、燻製の作り方を教えてください!」「おう、任せとけっす!」と盛り上がっていた。
そんな私たちの姿をテラスから見ていたルーベンス様は、静かにグラスをテーブルに置いた。
「……駄犬やトカゲだけでなく、ついに軍の元最高幹部(と書いてキャンパーと読む)まで手懐けたか。我が妻のB級グルメの引力は、もはやブラックホール並みだな」
深い深いため息をつきながら、ルーベンス様は私の元へと歩み寄り、私の腰をグッと自分の方へ引き寄せた。
「おい、スアイ。俺の妻に気安くアウトドアの技術を仕込もうとするな。アリアは俺のものだ」
「ははっ、相変わらず独占欲が強いっすね、ルーベンス。安心しろっすよ、あたしの恋人はこの大自然とDIYっすから」
カラカラと笑うスアイさん。
どうやらポポロ村での私たちの新婚旅行は、また一人、個性的すぎる(けれどとても気の合う)新しいお友達を迎えて、さらに賑やかなものになりそうだった。




