EP 7
過労の美女(不死鳥フレア)と癒やしの陽薬草茶
ポポロ村のコテージの庭には、昨日からなぜか『ラーメンの屋台』が勝手に増設されていた。
昨日の昼間、村で出会ったラーメン屋台のイケオジ(実は竜王デューク)が、私の作った『肉椎茸と醤油草のチャーシュー』に感動し、「我もこの庭に店を構える!」と強引に居座ってしまったのだ。
「……駄犬にトカゲ、さらにラーメン屋のオヤジまで。俺の妻との新婚旅行は、いつから神々の炊き出し会場になったんだ」
ルーベンス様は、テラスでポポロシガーを吸いながら、深ーい溜息をついていた。
その膝の上には、すっかり懐いてしまった狼王フェンリル(銀髪の青年の姿)が寝そべり、足元ではクロノ(トカゲ)が丸くなっている。文句を言いつつも、ルーベンス様は彼らを闇魔法で追い出すことはせず、なんだかんだで面倒を見てあげているのだ。
「ふふっ、賑やかで楽しいじゃないですか。お昼ご飯、おじさんのラーメンに少しお野菜を足して――」
私がキッチンから顔を出した、その瞬間だった。
ゴオォォォォォォォッ!!!
「なっ……!?」
空が突然、夕焼けのように真っ赤に染まった。
見上げると、上空から巨大な『炎の隕石』が、猛烈なスピードで私たちのコテージの庭へと墜落してくるではないか。
ズドォォォォォンッ!!!
凄まじい轟音と共に、庭の片隅(ラーメン屋台のすぐ横)にクレーターができた。
土煙と紅蓮の炎が舞い上がる中、ルーベンス様が私を背後に庇い、臨戦態勢をとる。フェンリルとクロノも、厄介な気配を感じ取ってスッと身構えた。
炎の中からよろよろと立ち上がったのは――信じられないほど美しい、燃えるような真紅のドレスを纏った一人の女性だった。
しかし、その美貌は現在、凄まじい『疲労』と『怒り』によって夜叉のように歪んでいた。
「もう……限界よォォォォッ!!」
女性は、天に向かって両手を掲げ、血を吐くような悲痛な叫び声を上げた。
「なんで私ばっかりこんなに働かなくちゃいけないのよォッ! フェンリルはヒモニートしてるし、デュークはラーメン作ってサボってるし! ルチアナはソシャゲに課金してばっかりで電話に出ないし!」
ドスッ、ドスッ! とハイヒールで地面を蹴りつけながら、女性はボロボロと大粒の涙をこぼし始めた。
「私だってエステ行きたいのに! 息子のヒエンは反抗期で『母さんの永遠の17歳設定、俺より年下でキツいんだけど』とか生意気言うし! 太郎が死んでからずっとワンオペで世界の管理やってきたのに、もう嫌ァァァァッ!!」
「……不死鳥フレア」
ルーベンス様が、呆然と呟いた。
彼女こそが、世界を管理する絶対調停者の一角。最も真面目に働き、現在のアナステシア世界のバランスを一人で背負って過労死寸前になっている女神だった。
神話の存在の降臨。
しかし、私の目に映った彼女の姿は……。
「……働きすぎで、限界を迎えちゃったんですね。分かります」
「は? アリア、危険だ、近寄るな!」
制止するルーベンス様をよそに、私はフライパンとお玉を置き、エプロン姿のままクレーターの中のフレアさんへと駆け寄った。
「うわぁぁぁん! お肌もボロボロよ! 誰か私を寝かせてぇぇっ!」
「お姉さん、大丈夫ですか? とってもお疲れみたいですね」
私がそっと背中を撫でて声をかけると、フレアさんはビクッと肩を震わせ、涙でぐしゃぐしゃになった顔を私に向けた。
「あ、あんた誰よ……? 私は世界の調停者、不死鳥の……うっ、ひっく……」
「世界の調停者さん、毎日お仕事と子育て、本当にお疲れ様です。……とりあえず、温かくて甘いものを飲みませんか?」
私は彼女の手を引き、コテージのテラスの椅子へと座らせた。
そして、キッチンから急いで用意してきたお盆を、彼女の前に置いた。
「『陽薬草の特製ブレンド茶』と、『ハニーかぼちゃの極甘プリン』です。陽薬草は疲労回復に効きますし、甘いかぼちゃはお肌にも心にも栄養になりますよ」
フレアさんは、スンスンと鼻を鳴らしながら、目の前の温かいお茶と、黄金色に輝くプリンを見つめた。
そして、震える手でスプーンを持ち、プリンを一口パクリと口に含んだ。
「…………っ」
その瞬間。
フレアさんの背中でくすぶっていた紅蓮の炎が、シュンッ……と消え去った。
「あ、あまぁ〜い……」
ハニーかぼちゃの強烈で優しい甘さと、シープピッグのミルクのコク。
それが、極限まで張り詰めていた彼女の神経を、あっという間にドロドロに溶かしてしまったのだ。
「陽薬草茶も、飲んでみてくださいね」
促されてお茶を一口飲んだフレアさんは、ハッとしたように目を見開いた。
「これ……すごいわ。体中の魔力回路の強張りが、一瞬で解けていく……。エステの最高級コースを受けた後みたいに、体がポカポカして軽い……っ」
「良かったです。うちの旦那様も、お仕事ですごく無理をしちゃう人なので、いつもこうやってお茶を淹れてるんです。……お姉さんも、一人で全部抱え込んじゃダメですよ」
私がハンカチを取り出し、彼女の目元の涙を優しく拭ってあげると。
「うっ……うわぁぁぁぁぁぁんっ!!」
フレアさんは、私にギュッと抱きついて、子供のように声を上げて泣き出してしまった。
「美味しいぃっ、優しいぃぃっ! 私、ずっと誰かに『お疲れ様』って言ってほしかったのぉぉぉっ! 太郎ぉぉっ、アリアちゃんのご飯すっごく美味しいよぉぉぉっ!」
「よしよし、いっぱい泣いていいですよ。プリン、もう一個ありますからね」
私は彼女の美しい赤い髪を、母親のように優しくポンポンと撫で続けた。
数千年を生きる不死鳥の女神が、ルナミス帝国で『無能』と呼ばれた娘の胸で、完全に母性を求めて号泣している。
その光景を少し離れた場所から見ていたルーベンス様は、静かにポポロシガーの煙を吐き出した。
「……我が妻の母性とB級グルメが、ついに荒ぶる不死鳥すらも赤子に変えてしまったか」
『ねーちゃんスゲェな。あのヒステリックなフレアのババ……お姉さんを一瞬で手懐けちまうなんて』
『流石は我が見込んだ眷属よ。これでまた一人、我らの食卓のライバルが増えたわけだがな』
フェンリルとクロノが、感心したように頷いている。
ルーベンス様は、額に手を当てて天を仰いだ。
「アリア。……君はどこまで、俺の胃を痛めつければ気が済むんだ」
「えっ? ルーベンス様、胃が痛いんですか? じゃあ、ルーベンス様の分も陽薬草茶を淹れますね!」
「そういうことじゃない……」
こうして、私たちの新婚旅行のコテージには、ヒモニートの狼、迷子のトカゲ、ラーメン屋のオヤジに加え、ワンオペ育児と激務に疲弊した不死鳥のシングルマザーまでが居着くことになってしまった。
神々をも無自覚に骨抜きにしてしまうアリアの『B級グルメスローライフ』は、まだまだ波乱の予感に満ちているのだった。




