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EP 14

本当の夫婦への誓いと、二度目のプロポーズ

ルナミス帝国からの使者を追い返し、私の過去の因縁が完全に断ち切られてから数日後。

「……よし、この章の翻訳も終わり、っと」

昼下がり。私はルーベンス様の執務室の隣に新しく用意してもらった『翻訳室』で、古代魔導書の解読を進めていた。

窓から差し込むうららかな陽射しを浴びながら、羊皮紙にペンを走らせる。

ルナミス帝国では「無能」と見下されていたこの力が、アバロン魔皇国では「失われた魔法を蘇らせる至宝」として大切にされている。自分の存在意義を感じられる毎日は、とても穏やかで、そして誇らしかった。

「アリア。少し、休憩にしないか」

コンコン、と扉をノックして現れたのは、漆黒のスーツを完璧に着こなしたルーベンス様だった。

最近の彼は、どれだけ激務であっても必ず私の部屋に顔を出し、お茶の時間を作ってくれる。

「ルーベンス様。お疲れ様です、ちょうどキリが良いところでした」

私が微笑むと、彼はスッと目を細めて歩み寄り、私の手からペンを抜き取って机に置いた。

そして、私の手をそっと握り上げる。

「ずっと机に向かっていたから、指先が少し冷えているな。……今から、少しだけ俺に付き合ってくれないか? 君に見せたい場所があるんだ」

「見せたい場所、ですか?」

「あぁ。屋敷の中に、君をまだ案内していなかった場所があってね」

ルーベンス様に手を引かれ、連れ出されたのは、屋敷の奥深くにある広大な『温室庭園』だった。

「わぁ……っ!」

一歩足を踏み入れると、そこには息を呑むような美しい光景が広がっていた。

ルナミス帝国の無機質な景色とは違う、色とりどりの不思議な花々や、淡い光を放つ魔導植物たちが咲き誇っている。空調は魔法で完璧に管理されており、ふわりと甘く爽やかな香りが漂っていた。

「綺麗……こんな素敵な場所があったんですね」

「俺の祖母が愛した庭園だ。俺はあまり花には興味がなかったが……君がここを散歩すれば、きっと似合うだろうと思って、密かに庭師に手入れをさせていた」

ルーベンス様はそう言って、庭園の中央にある白いガゼボ(西洋風のあずまや)へと私を導いた。

そこには、小さなテーブルと二つの椅子が用意されている。

彼に促されて椅子に座ると、ルーベンス様は私の正面に立ち、真っ直ぐに私を見下ろした。

その氷の瞳は、いつになく真剣で、どこか緊張しているようにも見えた。

「アリア。……あの日、バルコニーで、俺は君に『本当の妻になってくれ』と言った。そして君が頷いてくれた夜に、一年間の結婚契約書を闇魔法で燃やした」

「はい……」

「だが、あれはあまりにも突然で、俺の独りよがりな勢いだった。ルナミスの使者との一件も片付き、君の過去のしがらみが完全に消え去った今……もう一度、君にちゃんと伝えたかったんだ」

ルーベンス様は、ゆっくりと私の前に片膝をついた。

「えっ……? ルーベンス様……っ」

冷血無比と恐れられる魔皇国の貴公子が、私のような娘の前で跪くなんて。

驚いて立ち上がろうとした私を、彼の手が優しく制した。

そして、ルーベンス様は内ポケットから、艶やかなベルベットの小箱を取り出した。

パカッ、と箱が開かれる。

そこに入っていたのは、ルーベンス様の瞳と同じ色をした、深く美しい『夜空の宝石』があしらわれた銀色の指輪だった。

「ルナミス帝国は、君を政略結婚の『捨て駒』として送り込んできた。俺も最初は、君をただの『お飾りの妻』としてしか見ていなかった。……だが、君は俺の荒んだ胃袋を満たし、冷え切っていた心を温めてくれた。君という存在は、俺の人生に降り注いだ奇跡だ」

ルーベンス様の低く甘い声が、温室庭園に静かに響き渡る。

私の胸は、張り裂けそうなほどの愛おしさでいっぱいになっていた。

「アリア。俺の隣で、誰よりも幸せになってほしい。……俺と、本当の結婚をしてくれないか?」

それは、偽装夫婦としてではなく、一人の男性として、一人の女性へ向けられた、正式なプロポーズだった。

「ルーベンス様……っ」

瞳から、嬉し涙がポロポロと溢れ出す。

ルナミス帝国で「誰にも愛されない」と思っていた私を、この人はこんなにも大切に、宝石のように扱ってくれる。

「はい……っ。私でよければ、一生、ルーベンス様の隣にいさせてください」

私が涙声で頷くと、ルーベンス様はホッと安堵の息を吐き、眩しいものを見るように微笑んだ。

彼は小箱から指輪を取り出すと、私の左手を取り、薬指にゆっくりとそれをはめた。

「……ぴったりだな」

「すごく、綺麗です……。冷たく見えますけど、ルーベンス様の手みたいに、じんわりと温かくて……」

「俺の魔力を少し込めてあるからな。君に危険が迫れば、俺がどこにいてもすぐに飛んでいけるようにしてある」

ルーベンス様は立ち上がり、そのまま私の腰を抱き寄せて、そっと口づけを落とした。

バルコニーでの少し強引なキスとは違う、羽のように優しくて、深い愛情が伝わってくるキスだった。

「愛しているよ、アリア。俺の、たった一人の大切な妻だ」

「私も……私も、ルーベンス様を愛しています」

抱きしめ合いながら、私たちは何度も甘い口づけを交わした。

花の香りと、彼の安心する匂いに包まれて、私はこの世のすべての幸せを手に入れたような気持ちだった。

「……さて」

しばらくして、名残惜しそうに唇を離したルーベンス様が、ふっと口角を上げて意地悪く笑った。

「これで晴れて、君は正式に俺の妻になったわけだ。……ということは、夫の特権として、これからは毎晩でも君の『肉椎茸丼』と『イモッカの熱燗』を堂々と要求できるということだな?」

「ええっ!?」

さっきまでのロマンチックな空気を一瞬でぶち壊す、旦那様の『親父モード』全開の発言に、私は思わず吹き出してしまった。

「もう、ルーベンス様ったら……。あんなに素敵なプロポーズをしてくださったのに、結局は胃袋の欲求ですか?」

「何を言う。君の飯は、俺の生命線だ。もちろん、君自身のことも美味しくいただくつもりだがな?」

「〜〜〜っ! ばか!」

顔を真っ赤にして抗議する私を、ルーベンス様は心底楽しそうに、そして愛おしそうに笑い飛ばして、もう一度強く抱きしめてくれた。

完璧な魔族の貴公子と、親父くさいジャンク飯好きの旦那様。

そのどちらもが、私の大好きな、たった一人の大切な人。

左手の薬指で光る指輪の温もりを感じながら、私は、これから彼と共に歩んでいく幸せな未来を確信していた。

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