5:戒めの夢は何時何処でもすぐ傍に
かなーり遅くなってしまいました。ごめんなさい!!
長くて黒い艶やかな髪を持つ女の子。白いワンピースはその子にとても良く似合っていた。
それが、まだ少年だった三武朔夜の親友に対する第一印象だ。自分が何と呼んでいたのかは、分からない。もう思い出せない。
その子は村の教育機関には通っておらず、会っていたのはいつも近くの森だった。放課後になって朔夜が待ち合わせ場所に向かうと、その子はいつも先にいた。
「今日は遅かったね。また何かあったの?」
その子は朔夜に学校の話をねだった。聞くのは楽しいと、笑ってくれた。朔夜がその日学校であったことを教えて、その子は法術や霊術を教える。
朔夜は、物知りで真夏の花のような笑顔を咲かすその子が大好きだった。今も会えるなら会いたいと思う。
ある日、どこかから知らない大人が十人ほどやって来た。何人かが白衣を着て、残りは飾り気の無い黒い服。村長の家に泊まっている客人らしい。
話を聞くところによると、聖霊の調査の為にこの周辺の森をしらべるのだとか。先生や親から何度も森には行くなと言われたけど、どうしても気になって行ってしまった。
いつもの場所にその子はいた。白いワンピースを着ていて、いつもと同じ笑顔を見せて。その子の周りだけ違う時間が流れているみたいに。
「ねぇ、“ ”! 聖霊の調査の為に知らない大人が来てるから、家に帰ったほうがいいんじゃない?」
まだ小さな朔夜はそう言った。それからひどく驚いたその子にしばらくここに来ないようにしよう、と言われた。頷いてもと来た道を戻っていく。
「少年。こんなところで何をしている」
途中、聖霊の調査をしているという大人に見つかって家まで連れていってもらった。もちろん親に盛大に怒られた。
三日ほど森にはいかず、自分の部屋で法術や霊術等の訓練をして過ごした。あの子のことを心配していても、またすぐに会えるだろうと思っていた。
その願いは思わぬ形で叶えられた。
四日目の朝。朔夜はいつもより早くに目を覚ました。窓のそとで歓声が上がっていたから。まだ眠いと思いながら、着替えて家の外に出た。
歓声は広場にいる大人たちが上げているものらしい。嫌な予感がした朔夜は、子供ならではの大きさを生かして最前列へとたどり着く。
まず見えたのは、黒い服を着た大人たち。その手にある黒い鎖を恐る恐る目で辿って行き着いたところにはいるのは。
首と、両手と、両足とを繋がれて、台に固定されて見世物にされているのは。
身体中に傷を負い、黒い髪を赤く濡らして、ぼろぼろの白いワンピースを着ている親友だった。
朔夜の頭の中にはなぜなのかという疑問と、周りの大人に対する気持ち悪いという感情が渦巻いていた。
地面に向かって嘔吐する。大人たちはようやく朔夜に気づいたらしい。
「お。お前もこれを見に来たのか」
「大丈夫か? あれはあの人たちが処理してくれるって言うんだから、しゃんとしてな」
「何でっ、……こんなっこと、を!」
途切れ途切れに紡ぐ言葉に、全員が同じ答えを返した。
「これは、危険だから」
我慢の限界だった。すべての音がただの雑音にしか聞こえない。少女を繋いでいる鎖を壊さなければと、そう思って破壊する。
少女を繋いでいるあの黒い鎖は霊術によって作られたものだ。
霊術を破壊するにはその霊式に別の霊式を上書きすればいいのだと、あの子に教わった。だが、それでは終わらなかった。朔夜は、霊式を己のものへと進化させたのだ。
そんなことは誰にだってできない。普通は、だが。式の所有権を自分へと移し、目の前のものを破壊するという目的のため、動き出した。
朔夜の足元から円環が現れる。それは蒼く輝きながら、広場の端まで広がり、やがて村のすべてを飲み込んだ。
「朔夜っ!? 何を!」
「まずいっ! 止めろ!」
大人たちが動き出した時には全てが手遅れだった。パキン、と音をたてて連鎖的に砕け散る黒い鎖。粉となったそれは、ともに分解された家屋の欠片などと混ざりあい、龍の再来を体現しながら、範囲内にある人以外の目につく物を壊し始めた。人に危害を加えない辺りにまだ、少しだけ三武朔夜という存在が残っていたのだろう。
しかし大人たちは朔夜が自分達にも危害を加えようと考えたのか、朔夜に向けて様々な霊術や法術を放ってきた。そのほとんどは黒い龍の鱗によって弾き返されたが、弾き返されなかった霊術や法術は一直線に朔夜へと向かってきた。
理性を失い身を守る術を持たない朔夜に攻撃が通じるその瞬間。朔夜の目の前に黒く艶やかな髪がなびいた。
向かってきた数多の攻撃と朔夜の間に守りたかった親友が割り込んだと気付いたのは、温かい柔らかな体が己の腕のなかに倒れ込んでからだった。
恐る恐る抱きしめた時、熱いものに手が触れた。目を向けた震える手には深紅の液体がついていた。一滴、指先から手首を伝って地面へ落ちる。
「さ、くや……。だい、じょ……ぶ、?」
その瞳は光を失い、朔夜の頬へと伸ばされた手は重力にしたがって地面へと、落ちた。
その言葉を理解したとき、獣の咆哮が聞こえた。
手の震えはひどくなって視界がにじむ。
涙を流す自分の絶叫はいつまでも響き渡る。途端、アナログテレビの画面のように、全てが黒く塗りつぶされた。
夢は、いつもここで終わる。
◇◇◇◇◇◇
「うあぁぁぁああ!!!」
自らの悲鳴で飛び起きた朔夜は、身体中に汗をかいていた。シーツもマットも全てが汗でびしょびしょで、不快なことこの上ない。白いカーテンの向こう側からは光が差し込んでおり、時刻がすでに昼前だということを表していた。雲ひとつない空は良い天気と言って良いだろう。しかし、そんな天気とは裏腹に朔夜の気分は最低だった。
「また、なのか。俺はまた忘れようと……」
もはや生活の一部となったこの夢は、朔夜が忘れかけた頃に再発する。前回見たのは二週間ほど前だったか。全く同じ記憶の全く同じ部分を切り取ったように見せられる。
いままでと比べれば周期がかなり短い。船の上でのパーティーに始まり、ここ最近は楽しいことが多すぎたのだ。朔夜の性格上、どうしても忘れることに抵抗が起きてしまうのだ。だからこそこの悪夢は朔夜の精神を蝕んでいく。
朔夜がタオルを取るために立とうとすると、よろけて倒れた。咄嗟に手を伸ばして柔らかく、ふにっとした感触をした何かに掴まる。一瞬、掴んだものも倒れそうになるがすぐに安定した。
「大丈夫か?」
「ああ、助かった。ありがとな」
「別に。助けた訳じゃないし……」
「とか言いつつ顔を赤くして背けるのはなぜ?」
「べ、べつにどうだっていいだろう! というか、いつまで掴んでいるつもりだ貴様!」
「は?」
驚いて掴んでいる場所を見る朔夜。その視線の先には、片手でしっかりと掴まれている少女の腕があった。もちろんテンドリシアの腕だ。
「なっ!」
あのときとは違ってマントは着ておらず、細い腕が布一枚で隠されているだけだった。だからこそ腕を掴んだ時にふにふにとした感触が手に伝わってきたのだ。
「わ、悪い! いや掴むつもりはなかったというか……」
しどろもどろになりながら弁解をする朔夜だったが、それを見ているテンドリシアの表情は怒っているというよりもつまらないというものだった。もっと言うならば拗ねてるだろうか。
整った顔の眉をひそめて、朔夜に不満をアピールする。
「本当に悪かった!」
「それはもう良い。そんなことよりもなぜ私がここにいることとかに驚かないんだ? 普通は驚くだろう」
その言葉通りテンドリシアが拗ねていたのは朔夜が驚かないからだった。朔夜の驚く顔を見るためにわざわざ気づかれないように入って来たのだから、その期待が裏切られれば拗ねるぐらいはするだろう。至近距離で唸りながら朔夜を睨み付けるテンドリシアと、軽く口を開けたままぽかーんという言葉が似合うような顔をする朔夜。
その状況は朔夜の一言で崩された。
「いやだって、それよりも困るような事件があったんだからしょうがないだろ?」
ブチッ! という音が聞こえた気がする。一瞬の間をおいて、テンドリシアという名の火山が噴火した。
「ふざけるなぁぁぁぁぁあ!」
思わず耳を塞ぎたくなるような大音量。部屋が防音でなければ隣の部屋まで聞こえていたかもしれない。もちろん朔夜も耳を塞いでいる。至近距離で叫ばれたから余り意味はないだろうが。
「なんなんだその反応は!! 味気ないにも程があるぞ! だいたいお前が悪いんだろうが! 倒れてなんてくるから! 結局全てはお前が悪い!」
前回のようなテンションならば言い返して喧嘩になって寮をぶち壊すぐらいはしただろう。しかし、悪夢を見たばかりの朔夜にはそんな元気はなかった。
「あー、はいはい。何でここにいるんですかテンドリシア様? 勝ったら姿を現さないのでは?」
投げやりに聞いた朔夜の表情にはすでに疲労が見えている。ついでに面倒くさいという気持ちも見えている。
対してテンドリシアは先程の朔夜と同じようにぽかーんとしている。髪を逆立てて怒っていたのが嘘のように思えるぐらい怒りが鎮まっている。
「そんなこと言ってないぞ?」
「は?」
「確かに朔夜は負けたし契約もしないけれど。私たち聖霊が必ず自分よりも強いものを選ぶと思ったら間違いだ」
勝手に窓を開けるテンドリシアは、風になびいたその紅色の髪を指の先で弄ぶ。
「私たちは契約するときにそれぞれ選ぶ要素が違う。例えば純粋な強さを求めるものがいれば、精神の強さを求めるものもいる。他にも物事の機転、コントロールの高さなど一人一人変わってくる」
そこで言葉を区切り、振り返ったテンドリシアは自虐的な笑みを浮かべていた。その姿はまるで堕とされた天使のよう。それを見て自分の心の奥に小さな棘が刺さったような気がした。
「私の場合は、それが力では無かったというだけだ」
「……お前は」
「さて。辛気くさい話もここまでだ。私は朔夜のことが気にかかっただけだからな」
先程までとはうってかわって明るく言ってくるテンドリシアに朔夜は疑問ばかりが溢れてくる。
「俺の? 俺、何かしたか?」
「言っただろう。朔夜は私に」
もじもじと言葉を濁すテンドリシアをただ見つめる朔夜は本当に何のことか分かっていないわけではなかった。一応心当たりがあったのだ。だが、あえてそれを伝えなかった。少し位はテンドリシアの方から伝えて欲しいと思うから。
「お前が、朔夜が……私が外に出たくない理由を解消すると、そう言ったから……」
少し恥ずかしそうに頬を赤らめて伝えてくるテンドリシアに思わず苦笑した朔夜は、今度こそしっかりと立ち上がってテンドリシアの頭を撫でる。
「じゃあ契約でもするか?」
「朔夜も懲りないな。ことあるごとにそれを持ち出す」
呆れたというように笑うテンドリシアは突然「そういえば!」と大声を出した。朔夜としては窓が開いているから大声を出さないでほしいのだが、言っても絶対に聞かない。経験上分かっていることなので大人しく対応してやる。
「はいはい、今度は何だ」
「朔夜! お前、まだ私のことをちゃんと名前で呼んでないだろう!」
「そういえば、そうだった」
よくよく思い返すとお前とか聖霊とかしか言っていない気がする朔夜。先ほどテンドリシア様と呼んだのもふざけて呼んだだけだったわけで。
「テンドリシアか……。呼びづらいし長いんだよな」
「はぁ!?」
テンドリシアの名前が長いと一蹴した朔夜は、目の前で両目を見開いて口をパクパクと開け閉めしている本人をなんと呼ぶか考えていた。しばらくして結論が出た。
「……テリア」
「テリア?」
結論を出したのはテンドリシアの方だった。
「……」
「よし分かった。じゃあこれからそう呼ぶぞ」
朔夜はわざと明るく振る舞ってみた。テリアが寂しい瞳をしたから。
「なぁ、テリア。街に行かないか?」
だから、朔夜がそう提案したのはある意味必然的だったのかも知れない。
次は街におでかけです!




