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2:合間見えるは闇夜の水面で

 やっとヒロイン登場! なかなか登場しなかった……

 ゆらゆらと、揺れている。身体は重く、指の先どころか目を開くことすら出来ない。酷く重いものがのし掛かっている気がするのに、何故か心地よいと思う自分がいる。

 冷たい水が頬を触れていった。いや、水ではない。足と腕、身体全体に這うようなその感覚があった。巻き付いている。そう気付いたのは、漸く目が開いてからだった。

 暗く、澄んだ水。黒いのに、奥が見えないのに何故澄んでいるなどと思ったのだろうか。身体に巻き付いているこれは、何なのだろうか。そう思って上の方を見ると、何か(誰か)がいるような、気がした。


「……っ!?」


 まるで落ちていくのではないかというほど深く黒い水面。あちらこちらに半壊している太い石柱。目の前に立つと壁のようだ。皹が入っていない処を探す方が難しい。上を見上げても光は無く、逆に光を吸い込みそうだ。小さな灯火も一つとして存在しない。かろうじて周りにどんな大きさのものがあるか分かる程度の明るさ。

 聖霊の住み処とは、聖霊が自分で作るものだ。あまりにも此処は悲しすぎる。いったい何があったのか。思わずその顔が歪んだ。

 先程の感覚は記憶の欠片すら残っていなかった。


「……とりあえず、ここからどうしたらいいんだ?」


 朔夜が疑問に思うのも当たり前だろう。知らない聖霊に別の場所へと連れてこられたのだから。そして決めた。何をするのかを。


「……とりあえず歩き回ってみるか。“煌々と煌めいて・導くものに標を五つ・始まりの恩恵を”」


 五属性の一つ、光の初級呪文。法術の基礎中の基礎だ。1節唱えるごとに足元に増える円環。直径一メートル程になったそれは淡い黄色に輝いて朔夜が伸ばした手のひらにゆっくりと祝福の種をもたらした。

 種から分裂した光が朔夜を取り囲む。その数五つ。それが朔夜からニメートルほど離れ、辺りを明るく照らす。見えなかったものが見えるようになった。


「よし! んじゃ、なんかさがしてみるか!」


 気合いを入れて歩き始める。男の子というものは幾つになっても冒険が好きなものだ。朔夜も例外ではない。

 しかし。


「いくら歩いても残骸残骸残骸……」


 いい加減に疲れてきたのか顔に疲労の色が見え隠れする。そんな朔夜の前に丁度良いものが現れた。


「おおおお……! 景色が変わった……!」


 歩いていた場所と似ている。しかし、この場は広場のようなのだ。足元は水で浸かっているため分からない。しかし、柱の根本の位置からするに広場にしか思えないのだ。そうしてその真ん中には錆び付いた古い椅子があった。


「椅子お借りしまーす」


 そう呟いて座ろうとした時。転けた。何かに躓いたような気はしなかったが確かに転けたのだ。そしてその手で椅子に触れた、筈だった。


「ーーっ!」


(なにか、伝えようとしてる?)


「わぷっ!?」


 盛大に水を巻き上げ地面に落ちた。


「いって……」


 立ち上がりずぶ濡れの頭を激しく振ると何事も無かったかのようにまた歩き始めた。


(なんか、あったか……?)


 今度は高いところから探してみようと倒れている柱の上に登る。かなりしっかりとした造りだ。


「なんだ、ここで当たりか。……おい!」


 半壊した柱の上で踞っていた聖霊はその声にびくりと跳び跳ねて反応した。聖霊といっても暗すぎて相手の顔すら見えぬ状況だから、朔夜には髪の長い誰かにしか見えないのだが。


「人間、どうやって」


 間違いなくあの不遜な声の持ち主だ。声からして女性だろうか。朔夜は聖霊の質問に答えることなく、とりあえず罵倒した。


「お前はあほか! バカか!」

「はぁ?」

「はぁ? じゃねーだろうが!」


 朔夜は先程の聖霊の態度に怒っていたのだ。もしかしたらあの老婆を助けることができたのかも、という思いがあるのだ。


「あの時、お前がよけいなことをしなければ、あの聖霊はっ!」

「助かったかもしれないと?」

「っ……!」


 いつの間にか聖霊は立ち上がっていて、朔夜を見下ろしていた。


「あぁ、そうだよ。俺に出来ることがあるならっ!」


 朔夜の訴えは、冷たい言葉にかき消された。


「奴の名はアベイラー。聖霊の言葉で“喰らうもの”という意味だ。そして奴が喰らうのは――人間」


 思わず目を見開いた。聖霊が人間を食べるなんて、噂で聞いたことすらない。

 聖霊は音もたてずに浮かび上がると柱の上でぐるぐる周りながら続けた。


「人間とは奴らによると、美味らしい。私は死んでも食わないがな」

「……奴ら?」

「あぁ。アベイラーというのは俗称だ。アベイラーは他にもいる。あそこで貴様が出来たことと言えば、契約を結ぶことだけだ。そして契約を結べば、アベイラーは解放され、貴様は喰われていた」


 血の気が引いた。朔夜は今まさに殺されそうになっていたのだ。この聖霊が自分を移動させなければ、契約を結び喰われていただろう。もし、この聖霊がいなければ――。


(ちょっと待て。それってつまり、もしかして、この聖霊は、俺を)


「助けようとしてくれたのか?」

「ふぇっ!?」


 すっとんきょうな声が聞こえ、同時に柱の上に落ちてきた。聖霊はしばらく打った部分を押さえ身悶えしていた。


「な、なっ、何、言って」


 ずいぶんと動揺しているようだ。


「そういえば、最後にあの人に言ってたのも、あんたなりの優しさなのか?」

「ちっ、違う! 私は、えっと、あっと、……そう! 貴様に呼ばれたからだ!」

「俺に? 呼んだ覚えないけど」


 きょとんとする朔夜に近づいて説明する聖霊。


「貴様が私を呼んだからここに引き込もうとしたら、奴のところに行ったんだろうが」

「それで俺を助けてくれたと」

「違う!」


 朔夜が聖霊をいじりながら話を聞くとどうやら契約の儀が関係していることがわかった。というかそれしか分からなかった。


「ま、いいや。契約しようか」


 少し諦めの入った声音で朔夜が言った。その物言いがあまりにも軽く、聖霊は一旦理解できなかった。


「あぁ、うん、そうだな……って、何言っているんだ人間貴様」

「いや、だって俺に呼ばれて来たんだろ? それは契約するためなんだから契約しなけりゃだめだろ」

「嫌だ」

「嫌だって言われてもなぁ。俺も契約相手がいないと困るし、こっちに引きずり込んだのはあんただし」


 そう言われた聖霊は立ち上がって下に落ちた。音のない着地を決め、そのままスタスタと歩いていく。どうやらへそをまげたようだ。


「ちょっと待て」

「待たない」

「待て」

「待たない」


 盛大に水しぶきを飛ばし、あとを追いかけてきた朔夜と聖霊はこれを五分程続けた。しばらくこの攻防を繰り返すと、とうとう朔夜の我慢の限界のようだ。

 ブチッと音が鳴る。それは朔夜の堪忍袋の尾が切れた音だった。ついに朔夜は実力行使にでる。水面に屈んで水を掬い、前方にぶっかけたのだ。もちろんそれは聖霊にかかる。


 びしょ濡れになった聖霊は止まった。そしてゆっくり後ろを振り返った。


「おい、貴様。どう死にたい?」

「お前は何で契約したくない?」


 互いに向かい合って相手に質問を投げかける。朔夜は聖霊を見て。聖霊は下を向いて。しばらく沈黙がこの空間を支配した。

 破ったのは聖霊の方だった。「いいだろう、答えてやる」と言ったのだ。


「私が外に、外界に出たくないのはな、見つかったら捕まるからだ」


 聖霊は何の表情もしていなかった。対する朔夜は呆れていた。たかがそれだけのことで外にでない。そんなのは、ただの甘えだ。


「外に出たら捕まる? だからなんだよ」


 聖霊の肩が震える。拳を強く握りしめているようだ。


「そんな理不尽、叩き潰せばいいだろうが。そうやって引きこもってたら、何かが解決するのかよ」

「……れ」


 聖霊の口からか細い言葉が零れた。


「何処かでどうにもならないって諦めてるんじゃないのか?」

「黙れ」


 強く握りしめすぎて血がでてきた。血が垂れて。


「そうやって逃げ出して。人間を傷つけることも出来ないお前は、自分に自信がないだけのただの子供だろうが!」


 涙のように、零れ落ちた。





「黙れぇぇぇぇぇぇえ!!!」





 聖霊の口から震える絶叫が飛び出てきた。ほぼ錯乱状態だった。そんな状態で、朔夜に告げる。


「貴様に何が分かる!! 私の傷みも苦しみも! 何も知らないくせに、よく言えるな! 消えろ! 私の前から消え失せろ!」


 泣きながら叫ぶ聖霊は、何も知らない朔夜に言葉の礫を打ち付ける。

 心臓を押さえ、ただひたすらに憎しみのまま叫び続けた。


「消えてもいいぞ! ただお前の評価は変わらないがな!」

「うるさい!」


 言葉とともに水面が揺れた。空間が歪み、巻き込まれた石柱は灰塵と化す。空には亀裂が入り、水面からは大きな竜巻が現れた。朔夜の頭の中で、耳鳴りがする。思わず崩れ落ちそうになるが、悲鳴が聞こえ、反射的に顔を上げる。


「いやぁぁぁぁぁあ!!!」


 そこには身体から光を出し、崩れ落ちて頭を抱えている聖霊がいた。間違いなく己の力を暴走させている。


「くそっ!」


 朔夜は悪態をついて駆け出した。竜巻を避け、歩けなくなってきた水面を駆け、聖霊のところまでたどり着く。半ば崩れるようにして、しゃがみこむ。


「おい! 大丈夫か!」


 朔夜の手が耳を塞いでいる腕に触れた。


「触らないで!」

「いっ……!」


 腕を振り回し、朔夜を弾き飛ばす。視界に映った何かが輝いた。しかしそんなことを気にしている余裕はない。弾き飛ばされた朔夜は水面に沈み込んで、思わず大量の水を飲んでしまった。

 本能的に手を伸ばし、助けを乞う。


(だ、れか……、たす、け)


 そして見たのは、片手で耳を押さえて弾き飛ばした状態で固まる少女が、赤い涙を流しながら茫然としているところだった。


(血の、涙。……お前には、似合わねぇなあ)


 そんなことを思いながら、朔夜は静かに意識を手放した。最後に少しだけ、耳鳴りが止んだように感じて。

 どうでしたか? ツンデレって萌えますよね!

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