1:探し求めて三千里
改編したところです……!
日本帝国の中で、陸が唯一繋がっていない場所がある。国の要人という要人が暮らす場所。日本帝国の中心地。その首都である中央都市神楽坂は、毎日がお祭り騒ぎみたいに活気のある場所だ。そんな神楽坂では十分程前に十二時を表す鐘が鳴り響いていた。
お店の周りには昼御飯を食べに来たのであろうスーツを着た男性や警邏隊を初めとした様々な人がいるが、十代だと思われる子ども達だけはいなかった。何故なのか。
今日が四月六日、つまり聖霊魔導学院の入学式であるからだ。
三日前、四隻の蒸気霊導船が中央都市神楽坂に到着した。北の港町フューリアから出航した蒸気霊導船“海の歌い手”、東の港町シェノールスから出航した“祝福の風”、南の港町トーラスタールから出航した“生命の巡り”、そして西の港町ニコスリムスから出航した“翼持つ乙女”。それぞれに華ヶ舞学院の新入生およそ五十名ずつ、合わせて二百名が乗っていた。その新入生達は今、華ヶ舞学院の大聖堂にいる。
華ヶ舞学院の大聖堂は、心を落ち着かせたり、祈りを捧げるだけでなく、華ヶ舞学院の入学式や卒業式、高い身分の者達の結婚式の会場としても利用される由緒正しい建物だ。歴史的建造物としての価値も高い。なにせ、三百年前に作られたのにそうとは思えないほど変色していないのだから。
大聖堂の内部の左右にある八本の巨大な柱には、細かい模様がいくつも描かれている。柱の先は、天井で複雑に絡まり合っていて、大木の枝のようにも見える。天井は高く火災に見舞われたとしても炎の先は届かないのではないか、と思わせるほどの高さだ。
そして、この白い空間で最も目を引くものといえば“あれ”だろう。
厳かな雰囲気の中で圧倒的な存在感を誇る聖霊の姫のステンドグラス。どうやら多くの人間達と聖霊達の前に立っているようだ。聖霊の姫の後ろ姿が描かれている。その長い髪は色々なステンドグラスで表されて、見るものを引き込む美しさだった。
入学式は最後のプログラムに入っていた。今は人生のパートナーとなる聖霊を選ぶ契約の儀の一回目。一回目は入学式のプログラムに含まれているので全員同時に行うが、二回目からは個人的に、担任教師か理事長に頼みに行かなくてはならない。教師にとっても生徒にとっても何度も行うことで飽きてきてうんざりしてしまったりもするので、一回目で合格するのが当たり前という雰囲気が作られてる。一応教師は「ちゃんとじっくり考えて決めろよ」とは、伝えている。必至さが足りないようにも思えるのだけれど。
聖霊魔導学院では、一ヶ月以内に契約が出来なければ素質無しと見なし、即退学となる。一ヶ月もかかる生徒はめったにいないが。
茜の番がきた。
「塔野茜」
そう呼ばれて進んで行く茜は、緊張しているようには見えない。むしろ堂々と進んでいるように見える。しかし、幼馴染である朔夜と吉城はかなり笑いを堪えていた。
(茜のやつ、めちゃくちゃ緊張してやがる……)
(さすがにあの時みたいにはならないだろうけど……)
二人が茜を見て笑いを堪えているのはこれが茜が本気で緊張している状態だからで、吉城の祖父と対面した時にこの状態で色々とやらかしたからである。
茜が本気で緊張していたところを男二人が見たのは、たった一度だけ。吉城の祖父に挨拶した時だ。
茜が吉城の祖父に挨拶するために近づいてお辞儀したら、近づきすぎて頭を思い切り吉城の祖父のお腹にめり込ませてしまったという事件。
祖父は、大型の獣が吠えたのかと間違えられるほどの声を出した。相当痛かったようだ。色々な人が心配したようで何人もの人が祖父の元へと訪れた。いったい何が出たのかと、警邏隊の人まで訪れた。
頭をあげた茜は一拍遅れて顔全体を耳まで紅く染め上げ、チーターも裸足で逃げ出すぼどの速さで逃げ出してしまった。
結局のところ一時間で町の人全員に真相が広まってしまったのだった。
後日に三人は、子ども達や心配して来てくれた人の前では痛みを我慢していた祖父が、そのあと来てくれた医者に病院で見てもらって、何度も「骨は折れていないな?」と確認していたということを吉城の祖母から聞いた。
この大騒ぎの始まりが自分だということで恥ずかしがった茜が部屋に籠りきりになったのは、また別の話。
それ以来この状態の茜を見ることはなかったので、思い出し笑いを堪えながらではあるが、何も起こらないようにと祈っているのだ。
なんだかんだ言って仲が良いのである。ちなみにこの事件のことで茜をからかうと、そのうち涙目になってくるので絶対にこの件を使ってからかうことはしないと固く決めた二人であった。やはり男とは女の涙に弱いものである。
そして茜は何も悲劇を起こすことなく乗りきった。
その後の吉城の番では、幼少期から厳しくしつけられたお陰の強い精神力で乗りきった。乗りきったというよりは意に介さなかった、のほうが正しいだろう。
普通は静かな大聖堂で沢山の視線に晒されると、自分はこれでいいのだろうか等というある種の恐怖に心が折れそうになるものだ。それを、後日に眠すぎて欠伸が出そうだったと言った吉城はある意味大物である。緊張なんて全くといっていいほどしていなかったのだから。
朔夜からは、「ほんの少しでも、心配した俺の気持ちを返せ」と言われていた。
そして三人目、朔夜の番。
「三武朔夜」
朔夜は少し早足でステンドグラスの前、床に彫られた魔方陣まで進む。
この魔方陣は、聖霊と人間が契約する時に使われる聖霊具だ。魔方陣に入った人間の霊力を元に聖霊が己の住み処まで呼び込む。聖魔具単体の能力としては使用者のオーラを増幅させるもの、といったところか。
今までの生徒はもう既に聖霊の住み処へと引き込まれているので、大聖堂には、半分、いや三割以下の生徒と教師しかいない。
ゆっくりと朔夜が魔方陣に入る。しばらくすると、彫られた溝から光が漏れ出てきた。
赤、青、黄、緑――。色とりどりの色が溢れ出す。そして聖霊の声も。
何処かで見た覚えがあるのは、気のせいだろうか。
「ねぇ、この人間は?」
「いいかもしれないね」
「楽しくなるかなぁ」
「私は気に入ったわ」
突如として聖霊の声が途切れた。フォンッという風の音が鳴り響く。気づいた時には、大聖堂ではない場所へ移動していた。永遠に続くやも知れぬ草原。暖かな日差しが天より降り注ぐ。心地よい風が衣服を揺らす。どこか殺風景な満ち足りた世界。
「ようこそ、人間よ」
そこには一人の女性がいた。桃色の髪。真白い肌。包み込むような慈愛に満ちた笑み。まさしく聖女といった風貌である。多くの生き物が心を奪われるだろう。朔夜もまた、例外ではなかった。
ごくりと唾を飲み込み、理由もなく緊張する。
「私はアベイラー。あなたが来るのを待っていました」
「あ、……っと、俺は朔夜です。三武朔夜」
緊張しながらも、アベイラーに挨拶を返す朔夜。
「いいお名前。名付けたのはお母様かしら?」
アベイラーの微笑みは、とても優雅で上品なものだった。
「朔夜。こちらにいらっしゃい。私のお気に入りを見せてあげる」
華奢な腕で手招きされ、引き寄せられるかのように近づいて行った朔夜はすぐに驚くことになった。
アベイラーの手の上で風が踊っているのだ。まさにそう表現するしかない。風がアベイラーの思いのままに様々な形に変わっていく。種が成長し、芽吹き、花となる。そして糸がほどけるかのように花弁が一枚一枚落ちて消えていく。
生と死を表すこの光景に朔夜の口からは、思わず息が溢れた。
「……綺麗、だ。これは、俺にも出来るのか?」
「ふふ、朔夜にも出来るわ。きっと」
思わず敬語を忘れた朔夜に、ほほえましいと笑うアベイラーは「本当に見せたいのはこっちよ」と言う。朔夜の後ろに回って耳元で囁く。
「ほんの少しだけ目をつぶって。痛くはないわ。風の色を、匂いを、想いを視るの」
手を伸ばして朔夜の目を隠す。そして一分。
「もう開けていいわ」
そう言われてゆっくりと瞼を上げる朔夜は、常識ではあり得ないセカイを視る。
セカイに色が溢れていた。
草原と青空をキャンバスに、赤や青、黄色や緑。言葉では言い表せないたくさんの色が存在する。現実では決して視ることの出来ない神秘の領域。同時に理解する。此処があんなにも殺風景なのは、色が溢れていたからだと。もう満ち足りているからだと。
「これは風の色」
「風の……」
強く頷くアベイラー。そして歌うように続ける。
「風という名の世界の一部。人間には視れない世界を、私のセカイで表している。朔夜、私と契約しましょう? そうすればこの美しい世界のすべてが視れる。あなたはこの素晴らしい世界を、視てみたくない?」
視てみたい、と思った。心の底から。少し何かが引っ掛かったけど、その問いに応えるべく口を開いた。
――ふざけるのも大概にしておけ
空間が歪む。今まで見えていた暖かな景色が豹変する。草原は乾いた罅だらけの死んだ大地に。暖かな日差しは激しい稲妻へと、青い空は黒い雷雲の塊に変わる。
アベイラーの姿も変わった。黒く荒れた髪、染みに薄汚れ罅割れた肌、感情の見えぬ瞳。どれもが先程の女性と同一人物とは思えない。聖女のようだった聖霊は、禍々しい老婆の姿をしている。
「うわっ!」
跳びずさって老婆から距離をとる。
――悠長に話しすぎたな? たかがあの程度でこの私を抑えられると、思ったか
再びの声。おそらく聖霊だろう。朔夜は知らなくても目の前の老婆は知っているようだ。
「戻ってきたのか。なんと忌々しいことよ。……去れ、今すぐここを去れ!」
先ほどまでの穏やかな物言いとは違う強い口調を用い、老婆は天を睨み付けた。
「ここは、妾のセカイぞ。何人たりとも入ってきてはならぬ!!」
――ならばそこの人間はどうなのだ。私から奪ったぐらいだからなぁ
「は? 俺?」
もちろん朔夜には、何故そこで自分が出てくるのか分からない。しかし老婆は明らかに動揺を顔に出した。
「……あと少し、あと少しだったのに! 何故だ! 何故妾の邪魔をする!!」
――私は奪われたものは奪い返す。たとえこれが、お前が外に出る最後の機会だったとしても。悪く思うな
「待て! その人間でないと駄目なのだ! 妾は、妾は! また、何百年もここに……!」
全てを殴り捨ててただひたすらに慈悲を乞う老婆に朔夜は近付いた。
「あー、俺に出来ることなら」
――聖霊ならば最後まで気高く生きろ
しかし全てを言う前に朔夜は再び転移していた。




