15:死より辛いもの
目の前で、大切な相棒が傷つけられているのになにもできない。ただ、見ているだけ。茜の両目から悔しさと惨めさ、怒りがこぼれ落ちる。
「いやだ、やだよ……。もう、やめてよ……これ以上傷つけないで……」
茜を地面にうつ伏せに倒し、髪を掴んで悪夢を見せている相手、李餓。彼はそれはもう、本当に楽しそうに茜を見ていた。
プライドが高いお嬢様の泣き顔を見るのが、彼の楽しみのひとつ。レイムがすこしずつフェルの肌を削っていくところを見せて、壊して堕とす。そして最後の虚無感を味合わせる。それが見たいのだ。
彼らは敵を殺さない。「死」よりも一生苦しみを与えて生き続けさせることが何よりも意味のあることと知っているから。
李餓はストリートチルドレンだ。齢十にも満たぬ内から路地裏の暴君を主として生きてきた。金にがめつき、顔も悪く、女を道具として弄ぶ最低野郎が主だった。
馬車馬のごとく働かせられ、夜には泥のように眠った。時には眠る暇も与えられず食べ物も奪われた。いつか逃げるために貯めていた金も残さず奪われた。
排気ガスを吸い、泥水を啜り、腐った食料を口にして吐きながら生きてきた。
足蹴にされ、愚鈍だと馬鹿にされ、文字の読み書きすら出来ずに生きてきた。
そんな生活は呆気なく終わりを迎えた。主か首を跳ねられて死んだからだ。呆気なく、本当に呆気なく死んだ。そして首を跳ねた男に連れられ、李餓となった。
名をもらい、同じ境遇のレイムと出逢い、個としての己を形成した。
だから彼らは殺さないのだ。たとえ彼らの同業者が「そんなことをしていたらいつか仕返しに合うぞ」と言っても。彼らは等しく同じ答えを返した。「なら今度は一生モルモットにして飼ってやるよ」と。
全く同じ笑みを浮かべながら口を揃えて言ったのだ。
だってそれが、彼等にとってはいつものことだから。
「レイム。いつものように、やりなさい」
「…………」
無言は肯定。レイムはフェルの腹を貫いている槍にそっと手のひらを向けた。そして一度輝いたかと思うと持ち手の部分から順に剥がれ落ちていく。そして槍は杭になった。剥がれた破片は鋭い無数の刃へと変わり全てが下を向いてレイムを取り囲む。
そのうちの一枚が音もなくフェルへ近づき、手の甲の皮を薄く剥いだ。内に潜み、空気に触れるはずも無かった肉にささやかな風が触れる。
茜の絶叫が響く中続けられたそれは、フェルの体から力が抜けた時に漸く終わった。
「────ッ!!!!」
そして茜の瞳から光が消え、身体から力が抜けた。李餓はそれを見て、満足そうに笑みを浮かべ掴んでいた髪を放した。
「お疲れさまねぇレイム。今回も良いものが見れたわぁ~!」
「少しは黙るってことを知った方がいいんじゃないの、男女」
伸びをしながらおネエ口調の男は言い、それに鋭く返す少女。彼女の後ろでは杭を抜かれて倒れ伏すフェルだけが残っていた。
「すこぉしくらいは良いじゃない! いたいけな少女を壊すのって愉しいわよ! 心が踊るわぁ~!」
「勝手に踊ってろクズ」
「辛辣よ本当に!?」
レイムは茜の元へ歩を進めた。どんな顔をしていたのか、見てやろうと思ったのだ。それはたんなる気紛れ。呆気なく終わった何時もの工程に、飽きてきた故であった。そしてそれが、彼等にとって功を奏した。
「さがれっ!」
李餓に忠告をし、己も後ろへと跳躍する。レイムがいた場所には、小さな池が出来ていた。
地面を覆う煉瓦と砂とを溶かした、高温の池である。
「なに、あれ……?」
目に映る倒れている少女。可笑しいのは、身体から迸る蒼い炎。やがて身体を起こし、顔を見せ、彼女は笑った。
「こんにちは。さっきはどうもありがとう」
バケモノが、そこにいた。




