16:人間か聖霊か
フェルを倒し、茜を絶望させた二人組。李餓とその聖霊、レイム。彼らは警戒を隠しもせず、ただただ……蒼白い炎を纏う少女を凝視していた。
心拍があがり、うまく息が出来ない。そして瞬きが出来ないほどの圧倒的な存在感。抗えないその状態を、人は恐怖と呼ぶ。
「なによ、なんなのよ……それは」
笑う茜の傷は徐々に消えていく。数分とたたずに茜の傷はすべてなくなり、元の真白い肌へとかえった。
その体は宙に浮き、地面は火山のように溶けている。それはもはや人ではなく、聖霊のようで。人ならざるもの、人から外れたものだ。まさしく人外。
茜は目を細めてゆっくりと口を開いた。
「捕食者が被食者になった気分はどう?」
喉がからからになる。苦しい。辛い。逃げ出したい。李餓の研ぎ澄まされた本能が警鐘を鳴らす。「殺される」と。
「あなたは、誰……なのよ」
辛うじて口に出せた言葉はひどくしわがれていた。茜はきょとんとしたあと、「ああ」とひとりでに納得する。
「ごめんなさい。言ってなかったわね」
「なに、を……?」
「改めまして、私の名前はユウヒ。可哀想なお馬鹿さんは知らないかもしれないわね」
茜──いや、ユウヒは眩しいほどの笑顔でそう口にする。
「李餓」
「……っ、なによ」
レイムは李餓にだけ聞こえる声で囁いた。
「撤退しよう。あれには、勝てない」
「逃げられるなんて思っているの? 逃げられることなら……とっくに逃げてるわ」
「分かってるさそんなこと」
どこかで爆発音がした。硝煙の匂いが漂ってくる。
「……おはなしは、もう終わりかな?」
優しげな声音がどうにも恐ろしくてならない。そんな二人の気持ちを察したのか、ユウヒは両手を振って否定した。
「殺そうなんて気持ちはないよ!」
「信じられるものですか……!」
「だって殺すと面倒だもの。だから見逃されて? どちらも死なない……そう! ウィンウィンの関係ってやつ!」
体全体で喜怒哀楽を表すユウヒ。なんとも戦場には似つかわない姿だった。あまりにそぐわなすぎて、李餓はユウヒの言葉を真実として受け止められない。だけども今は、撤退する以外の選択肢はなかった。
「……いいわ、ここはひきましょう」
「ほんと!?」
「ただ、ひとつ聞かせてちょうだい」
李餓はごくりと生唾を飲み込む。
「あなたは……人間? それとも、聖霊なの?」
ユウヒはその質問に顔色ひとつ変えなかった。ただ先程までと変わらないように、首を傾げて笑うだけ。人懐こい笑みで、ユウヒは口を開いた。
「人間だよ。私は、人間」
そして李餓とレイムはその言葉に頷くと、一目散にその場から逃げ出した。
ユウヒはその二人の背中が見えなくなったのを確認すると、倒れているフェルの元へと向かった。フェルは辛うじて息をしている。人間なら死んでいるだろう傷の数々は、治る気配を見せなかった。
「……はやく。はやく、ここまで追いでね」
そんなフェルに、ユウヒは恋人に見せるかのような甘い微笑みを浮かべた。そっとその手を握り、青い炎でフェルの体を包む。
赤に染まる世界で、その場所だけが青く輝いていた。
フェルを包み燃え上がる炎は火花を散らしながら少しずつ小さくなり、フェルの姿とともに空気に溶けていった。
ユウヒはゆっくり目を瞑って、その場へと倒れ込む。閉じられたその瞳には光るものが一筋見えた。




