13 何も知らないまま
「これはこれは豪勢な迎えだなぁ?」
屋根から二メートル程浮いている真白い少女を視界に収めるとゆっくりと同じ高さまで浮上し、テリアは声をかけた。
その眼は目前の獲物を射殺すかのように鋭く、紛れもない敵意が込められていた。
「……して、それは何の真似だ娘」
紅の髪を靡かせるテリアが纏うのは夜の漆黒。袖のないシャツも、指先が見え、肘より上まである手袋も。光を吸い込む革靴も。周りの炎の色を反射して輝く黄金の環さえも、その全てと───、
──少女は対比していた。
空に舞う髪の色は澄んだ蒼。白地に同じ蒼で六芒星を基調とした紋様が描かれた裾が広がるワンピース。テリアと同じく袖はない。中指に通した環から手首に嵌められた輪までは、手の甲を守るように布で覆われていた。日本の鎖が繋がれている白銀の首飾りがなんともマッチしている。
少女は答えず、淡々と告げた。
「初めまして、イミィはイミィ・T・コピラー。貴女の案内を仰せつかって参りました」
「案内……?」
言葉は誰が呟いたのか。テリアであったかもしれないし茜であったかもしれない。はたまたフェルか。
イミィが口にしたのはそれだけ。たったそれだけの言葉で三人の間には動揺が走る。
ガタンッ。
音の発生源は茜。道路に向かって屋根の欠片が崩れ落ちた。
「行かせない」
テリアの前に茜が進み出る。
テリアは大切な幼馴染の契約聖霊。テリアをどう思っているのか知らないけど、それでもこんなやつらに渡して良いはずがない。まだなにも知らないテリアのことを茜は不思議と好意的に受け止めていた。
「貴女みたいな誰とも知れない相手に、渡すわけには行かないんだよ」
テリアを後ろに庇い、イミィの目を見てしっかりと言葉に出した。そのそばに音もなくフェルが寄り添う。
「……」
イミィは何も言わなかったが、今になってはじめて茜とフェルを見た。その目に宿る感情、それは。
「ユナイツ・D・テンドリシア。来なければ貴女の契約者はどうなるのでしょうか」
無。圧倒的に何も示していなかった。茜を見たといってもほんの一瞬。茜自身を見ているのではなくその後ろにいるテリアを見ていただけだ。
イミィの声に一度大きく体を震えさせ、テリアは再びイミィを睨んだ。
「お前たちは、何が目的だ……!」
「イミィの目的は貴女を案内することです」
規則的な返事しか返さないイミィを見て、なおも自分に背を向ける茜を見て、それに寄り添うフェルを見て、テリアは唇を噛んだ。
「……退け」
「え……!」
「退けと、言ったんだ」
茜を横に退けてテリアはイミィの元へ向かう。紅の髪の色を変えることなく、何故そうもあっさりと向かうのか。
茜の頭はわからないことだらけだった。何がテリアにそんな顔をさせているのか。
「茜、─────」
何故、何故こんなものを私に渡すのか。気付けば黒い背中は白い背中と共に小さく消えかけていた。茜はその場に崩れ落ちる。
「……フェル」
四つん這いになり、呼んだその声は震えていた。
「……なんだ」
「私は、どうしたら良いの……」
「茜の好きにすれば良い」
「私の、好きに……」
顔を上げ、泣き笑いの表情で茜は言う。
「じゃあ、もしも私が……。テリアを追いかけるって言ったら?」
表情を変えることなくフェルが口を開く。
「それは駄目ねぇ~」
「え?」
太陽は影に隠れる。背の高い男と寄り添う女の後ろで。
一拍遅れてフェルの口から溢れ出たのは、赤。顔にかかる熱。身体にかかる重み。そして聞こえる音。
「貴女が殺すのよ、弱い女の子」




