10:希望の光
今回ちょっと短いです。
「お待たせしました。ご注文のタルト・タタン、カヌレ・ド・ボルドー、そしてシャルロット・シャンティイになります。ごゆっくりどうぞ」
バターと砂糖で炒めた林檎の上にタルト生地を被せて焼き、ひっくり返したタルト・タタンを頼んだのはフルーツ好きの朔夜。
外側は黒めで焼き色が付き固く香ばしい、内側はしっとりとして柔らかい食感のカヌレ・ド・ボルドーを頼んだのはベーシックなお菓子が好きな吉城。
ビスキュイ・ア・ラ・キュエールを型に貼り付け、その中に クリームを詰めて冷やしたシャルロット・シャンティイを頼んだのはどれを食べるか迷いに迷ったジュレ。
それぞれの好みが反映された結果が美しいアンティークの机の上に並べられていた。店側の好意によって薦められたテラス席に座り荷物を用意された籠の中に入れる。
「で、そちらの方は?」
お菓子に夢中になるのを我慢している朔夜が吉城に尋ねる。足は小刻みに動いていて早くしろと急かし続ける。そんなに食べたいなら食べれば良いのに。現に視線を向けられたジュレはすでに目の前にある菓子を口に運んでいる。
「俺の聖霊のジュレ。エペ・オルドゥー・ジュレ。お前はいないのか?」
「どっか行きやがったから探してる最中」
憎々しげに伝えたあとは我慢していたタルト・タタンに手を伸ばす。最低限名前だけでもという気遣いだったようだ。等の本人はもう食べ終わって口許を拭いているのだが。
「そうか。あり得ないくらい早く食べ終わったな、ジュレ」
ジュレの手と視線は真っ直ぐとメニューへと向かっていた。二品目が欲しいのだと行動が雄弁に物語っている。
壊れた機械のように数秒固まったかと思えば即座に手が膝の上へと戻る。勿論顔は俯けている。ゆっくりとカヌレを二つに割っていく吉城の手元を少し睨みながら、だが。
半分に割られたカヌレは吉城の手によって片割れが別の皿へと移された。ついさっきまでシャルロット・シャンティイが乗っていた皿の上に。
驚いたジュレに向けられる視線を皿を押し出すことで答えると自分の分のカヌレを口に運ぶ。
「あまーいのをご馳走さん」
「それよりもお前はどこへ行っていたんだ。あれからもう三日は経っているぞ」
「三日ぁ!?」
「ここは店だぞ」
朔夜にしてみればそれは凡そ一日。大聖堂から転移して、その直ぐ後にテリアと出会い、闘い、眠り込んで町に来た。高密度の一日だったはずなのにそれが三日と言われるとなんとも言い難い。
「精霊の棲みかに居たからじゃないか?」
ジュレの話によると精霊のなかにはこの世界の時間軸と切り離されたセカイを持つものがいるという。
「ただそれはかなり高位の精霊のはず。もしかしたら本人にも分かっていないのかも知れないな」
差し出されたカヌレも、既に食べ終わっているようだ。真っ白な皿が日の光を反射する。
「そういえば」
言葉は途切れた。
揺れる視界。落ちる食器。つんざくような地響きの音に横凪ぎの突風。
椅子から放り投げられ、店内へと飛ばされる。腕と割れた食器が擦れて血が出た。
一拍遅れて聞こえる悲鳴が朔夜たちを正気に戻す。見えるのは崩れた店に潰された人々。そして血の池。その奥には、黒々とした幾つもの煙と燃え盛る炎が見える。
「あ、あ……」
ズキン、と。何かが頭のなかで蠢く。あの光景が今に重なる。
(なんだ、これは……!)
先程まで平和そのものであったこの神楽坂で何が起こっているのか。何故、こうも心が刺激されるのか。どうして。
どうしてこうも――懐かしいと感じたのか。
「中心部に行くぞ!」
悲鳴が飛び交う中、ジュレの声がはっきりと聞こえた。皆がすがれるほんの一筋の希望のような、その声が。
「ここでぐずぐずしている暇はないっ! この中に政府の者はいるかっ!」
真っ先に立ち上がり、叫ぶ。そしてその声に答えた者がいた。
「私がそうだ! 非常時に限り、現場指揮の権限もある! 救助の指揮は任せろ!」
「この場にいる者よ! 私の声が聞こえる者よ! 私は中心部に向かう! 彼だけではこの場に残された者はただ死を待つのみだ! どうか、力を貸してくれ!」
阿鼻叫喚の嵐の中、此処だけに沈黙が訪れていた。見ず知らずの他人を助ける為に、己の頭を下げた彼女をじっと見つめていた。彼女の声は崩れた店の中にいる身動きのとれない者たちにまで聞こえていた。
それはどれだけの時間だったのか。やがて誰かが声を上げた。それはすぐに広がって各々が雄叫びを上げるようになった。
「行きな、嬢ちゃん達! ここは俺らの街だ! 好き勝手させるわけにはいかねぇんだよ!」
ほんの少し、だけど確かに彼女は微笑んだ。そして踵を返し、二人に声をかける。
「行くぞ二人とも!」
「お、おう!」
立ち上がり、その背を追いかける。その先に何が待つのかを知らないまま。
バ、バトルシーン……! 次こそはっ!




