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バビロンの謎―七つの星門と失われた王国  作者: 虫松


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第9話 裏切りの将軍 ベルシャザルの契約

水星の塔の封印が解かれた。


青緑色の光が空へ消える。


塔の内部には静寂だけが残っていた。


アントニウスは剣を鞘へ戻し、ルキウスへ歩み寄る。


「……もう逃げるな。」


「第九軍団を誰が売った?」


「お前は何を知っている?」


ルキウスは苦しそうに目を閉じた。


「話す。」


「全部話す。」


その言葉を聞いた瞬間だった。


ゴォォォォォ……


バビロン全土に鐘が鳴り響く。


七本の塔が同時に震え始める。


空が黒く染まり、青い稲妻が雲を裂いた。


ナディアの顔色が変わる。


「まずい……!」


「ベルシャザルが動きます!」


アントニウスが振り向く。


「ベルシャザル?」


ナディアは震える声で答えた。


「バビロニアを支配する大神官。」


「七つの塔を管理する最後の神官です。」


「封印が二つ破られたことで、ついに自ら動き始めた……!」


神殿の王


バビロン最奥。


天空神殿。


巨大な玉座には、一人の男が静かに座っていた。


白銀の法衣。


黄金の王冠。


長い黒髪。


百年以上生きていると言われながら、その姿は四十代ほどにしか見えない。


その男こそ――


ベルシャザル。


大神官は静かに目を開く。


神官たちが一斉に跪いた。


「大神官様。」


「月と水星の封印が破られました。」


ベルシャザルは怒らない。


驚きもしない。


ただ静かに窓の外を眺める。


そこには笑い合う家族の姿が映し出されていた。


妻。


幼い娘。


まだ幼かった息子。


しかし次の瞬間、


その光景は炎に包まれる。


兵士たちが村を焼き払う。


泣き叫ぶ子供。


崩れる家。


妻の手が届かない。


ベルシャザルは静かに目を閉じた。


「あの日も……」


「皆、違う言葉を話していた。」


「違う神を信じ。」


「違う旗を掲げ。」


「だから殺し合った。」


神官たちは黙って聞いている。


「もし最初から一つだったなら。」


「妻は死ななかった。」


「子供も死ななかった。」


「国境も戦争も存在しなかった。」


彼はゆっくり立ち上がる。


「私は悪ではない。」


「争いそのものを終わらせる。」


「そのために世界を一つへ戻す。」


神官たちは頭を下げる。


「世界統一計画を続行いたします。」


ベルシャザルは静かに頷く。


「その前に。」


「裏切り者を始末する。」


ルキウスの秘密


一方。


水星の塔。


アントニウスはルキウスを睨んでいた。


「話せ。」


「第九軍団はどうなった。」


ルキウスは長く息を吐く。


「……十二年前。」


「私は東方で、一人の男と出会った。」


「その男は言った。」


『ローマは滅びる。』


『帝国を救いたければ、バビロンへ来い。』


アントニウスは顔をしかめる。


「ベルシャザルか。」


「そうだ。」


ルキウスは頷いた。


「私は帝国を救う方法を探していた。」


「元老院は腐敗し。」


「属州は反乱寸前。」


「軍団は疲弊していた。」


「ベルシャザルは約束した。」


『七つの塔の力で、戦争を終わらせよう。』


『誰も飢えない世界を作ろう。』


「私は……」


ルキウスは拳を握る。


「信じてしまった。」


ナディアが静かに言う。


「だから第九軍団を。」


ルキウスは俯いた。


「……偵察任務として送り込んだ。」


「生きて帰れると思っていた。」


「だが……」


彼の拳が震える。


「全員、実験に使われた。」


アントニウスは何も言わない。


怒りよりも、


深い失望だけが胸に残った。


「お前は友だった。」


ルキウスは目を閉じた。


「だから今、全部話している。」


しかし。


その瞬間。


胸元から青い光が漏れ始めた。


ナディアが叫ぶ。


「離れて!」


「契約印!」


ルキウスの胸に刻まれていた楔形文字が赤く燃え上がる。


「しまった……!」


ルキウスが苦しみ始める。


「ベルシャザル……!」


「俺を……見つけた……!」


ドォォォン!!


塔の壁が爆発した。


砂煙の中から現れたのは、


黒い鎧をまとった十人の戦士。


全員が顔を仮面で覆い、


胸には青い楔形文字。


腰には湾曲した黒剣。


背中には短槍。


一切言葉を発しない。


ナディアの顔色が変わる。


「黒き鷲……!」


「ベルシャザル直属暗殺部隊!」


「バビロン最強の処刑人です!」


十人が一斉に跪く。


そして、


中央から一人の男が前へ出る。


黒い外套。


銀の仮面。


低く響く声。


「大神官ベルシャザルより命令。」


「裏切り者ルキウス・カッシウス。」


「および。」


彼は剣をアントニウスへ向けた。


「ローマの密偵。」


「ガイウス・アントニウス。」


「処刑する。」


アントニウスが剣を抜く。


ルキウスは苦しみながら叫ぶ。


「逃げろ!」


「こいつらは……」


「軍団じゃ勝てない!」


黒き鷲の隊長は静かに笑った。


「逃げる必要はない。」


「すぐ終わる。」


次の瞬間。


十人が同時に消えた。


「速い!」


アントニウスの横を黒い影が通り過ぎる。


ガキィィィン!!


辛うじて剣で受け止める。


しかし背後。


横。


上。


四方向から同時攻撃。


ルキウスが飛び込み、


一撃を盾で受ける。


ドゴォン!!


盾が真っ二つになる。


「ぐっ!」


「ルキウス!」


「俺は……」


ルキウスは血を吐きながら笑う。


「ここで……借りを返す。」


その瞬間だった。


天空神殿。


巨大な水晶越しに、


ベルシャザルは戦いを静かに見つめていた。


神官が尋ねる。


「大神官。」


「ルキウスも始末しますか。」


ベルシャザルは悲しそうに頷く。


「惜しい男だ。」


「だが。」


「世界を救うためには。」


「友も。」


「部下も。」


「私自身でさえ。」


「犠牲になる。」


彼は目を閉じる。


「戦争とはそういうものだ。」


「だから私は。」


「戦争そのものを消す。」


その瞳に、


わずかな涙が光った。


しかし命令だけは変わらない。


「黒き鷲。」


「裏切り者を処刑せよ。」


「アントニウスだけは生け捕りにしろ。」


「彼の血で。」


「最後の封印が開く。」


黒き鷲が一斉に剣を構える。


十本の黒い刃が、


アントニウスへ向けられた。


アントニウスは剣を握り直す。


「ベルシャザル……。」


「必ず、お前を止める。」


その言葉を聞き、


天空神殿のベルシャザルは静かに微笑んだ。


「来なさい。」


「ガイウス・アントニウス。」


「君は世界を救う英雄になる。」


「あるいは。」


「世界を滅ぼす最後の鍵になる。」


黒き鷲が突撃する。


十人の暗殺者。


一人の密偵。


そして贖罪を決意した裏切り者。


激闘の幕が切って落とされた。

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