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バビロンの謎―七つの星門と失われた王国  作者: 虫松


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第7話 痛みの共有

アントニウスは押し寄せる人々を剣の鞘で打ち倒した。


しかし、一人を殴った瞬間、群衆全体が同時に顔を歪める。


倒れた者だけではない。


遠くにいる者まで、同じ痛みを感じていた。


そして次の瞬間には、その痛みが全員の間で分散される。


殴られた者は立ち上がり、再び向かってくる。


「きりがない!」


アントニウスが叫ぶ。


ルキウスは盾で人々を押し返した。


「痛みまで共有している!」


「一人を倒しても、全員で傷を受け止めるのか!」


「殺してはいけません!」


ナディアが叫ぶ。


「一人が死ねば、死の感覚が全員へ流れ込む!」


「混乱が起きるのか?」


「いいえ」


ナディアの声が沈む。


「つながりが強ければ、死んだ者の記憶まで全員へ残ります」


「肉体を失うだけです」


「彼らにとって、個人の死は死ではありません」


三人は路地へ逃げ込み、石造りの扉を閉めた。


外から数百人の手が扉を叩く。


しかし、その音さえ一糸乱れず、同じ間隔で続いている。


ドン。

ドン。

ドン。


ルキウスが息を整えながら尋ねた。


「塔を破壊すれば、つながりは切れるのか?」


「完全に支配された者は、塔を止めても元には戻らないかもしれません」


「では、どうする?」


ナディアは黒い粘土板を取り出した。


月の封印を得たことで、板には新たな文字が浮かんでいる。


「塔の中心に《最初の言葉》があります」


「それが意識をつなぐ核です」


「破壊できれば、支配は止まります」


アントニウスは扉を振り返った。


「水星の塔へ入る方法は?」


「正面しかありません」


ルキウスが苦笑する。


「街中の人間を相手にしながらか」


ナディアは粘土板の文字を見つめる。


「もう一つ、方法があります」

「私たちも意識をつなぐのです」


沈黙が落ちた。


アントニウスが聞き返す。


「敵の中へ入るということか?」


「塔へ直接道を聞くのです」


「ただし、長くつながれば、私たちも自分を失います」


ルキウスは剣を納めた。


「ほかに道はない」


アントニウスは彼を見た。


「お前の頭の中まで見ることになるかもしれないぞ」


「お互いさまだ」


ルキウスは薄く笑う。


「お前に見られて困る秘密など、一つか二つしかない」


「十分多い」


ナディアが二人を睨む。


「冗談を言っていられるのも、今だけです」


彼女は粘土板へ手を置いた。


アントニウスとルキウスも、その上へ手を重ねる。


ナディアが古代語を唱えた。


三人の手の下で、青緑色の文字が輝いた。


意識の海


アントニウスは、自分の体を失った。


目もない。

耳もない。

手足もない。


それでも、すべてが見えていた。


バビロンの街。


数千人の視界が一度に流れ込む。


市場を歩く者の目。

塔を見上げる子供の目。

地下牢に閉じ込められた囚人の目。

空を飛ぶ鳥のような機械の目。


同時に、無数の記憶が押し寄せる。


母に抱かれた記憶。


主人に打たれた記憶。


初めて商売に成功した喜び。


戦場で兄を失った悲しみ。


知らない人生が、自分の人生のように混ざっていく。



俺は誰だ。


その疑問を抱いた瞬間、数千の意識が答える。


我らだ。


俺はアントニウスだ。


アントニウスも我らの一部だ。


彼の記憶が吸い出されていく。


ローマの街。

軍団での訓練。

マルクスの死。

青い門。

皇帝から受けた命令。

すべてが共有される。


同時に、ナディアの記憶も流れ込んできた。


燃える王宮。

母の叫び。

幼いナディアを地下水路へ逃がした侍女。

星の冠を奪おうと迫る神官たち。

そして、アントニウスと出会った瞬間の感情。


警戒。

期待。

安堵。


それとは別の、名前をつけることを恐れていた温かな感情。


アントニウスがその感情へ触れた瞬間、ナディアの意識が叫んだ。


見ないで!

思念の波が広がる。


ルキウスの記憶も流れ込んだ。


腐敗した元老院。

賄賂で罪を逃れる貴族。

飢えた民の前を豪華な馬車で通り過ぎる役人。

軍団への給金を横領する属州総督。

そして秘密の地下室。


そこでルキウスは、青い衣をまとった何者かと会っていた。


相手は告げる。


「バビロンの力があれば、ローマを作り直せる」


アントニウスの思念が震えた。


お前は、最初からバビロンと通じていたのか。

ルキウスの意識が答える。

帝国を救うためだ。

第九軍団を差し出したのも、お前か。


一瞬の沈黙。


その沈黙こそが答えだった。


アントニウスの怒りが、意識の海を揺らす。


しかしその怒りは、水星の塔を通じて数千人へ広がってしまう。


街中の人々が一斉に叫び声を上げた。

怒りは共有された。


続いて、ルキウスの罪悪感も流れ出す。


ナディアの孤独。

アントニウスの悲しみ。


何千もの感情が渦を巻き、三人の境界を溶かし始める。


我らへ来い。

巨大な意志が語りかける。

秘密はなくなる。

裏切りもなくなる。

誰も孤独ではなくなる。


アントニウスは、自分の名を忘れかけた。

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