第10話 十本の黒い刃、裏切り者の粛清
黒き鷲が動いた。
十人。
十本の黒い刃。
音すらなく、水星の塔の回廊を駆ける。
「来るぞ!」
アントニウスが剣を抜く。
ガギィィン!!
最初の一撃を受け止める。
しかし二人目。
三人目。
四人目。
まるで一つの生き物のように連携して襲いかかる。
「くっ……!」
ナディアも古代文字を刻んだ短剣で応戦するが、黒き鷲は一歩も退かない。
その時だった。
ルキウスが大声で叫ぶ。
「アントニウス!」
「今だ!」
彼は崩れた石柱を剣で切り倒した。
轟音とともに天井の一部が崩れ落ち、回廊を塞ぐ。
黒き鷲の隊列が一瞬乱れた。
「走れ!」
アントニウスは振り返る。
「ルキウス!」
「何をする!」
ルキウスは苦笑した。
「十二年前……」
「お前の部下を売った。」
「今度くらい、お前を生かさなきゃ帳尻が合わん。」
黒き鷲の隊長が冷たく告げる。
「裏切り者。」
「処刑。」
十人の暗殺者が、一斉にルキウスへ向きを変えた。
ルキウスは折れた盾を拾い上げる。
「行け!!」
「ベルシャザルを止めろ!」
アントニウスは歯を食いしばる。
「必ず戻る!」
「嘘をつけ。」
ルキウスは笑う。
「お前は昔から、そういう嘘が下手だ。」
「だから……」
「今度だけは、前だけを見ろ。」
黒き鷲が飛びかかる。
ルキウスは雄叫びを上げた。
「ローマ軍団ッ!!」
「最後の突撃だァァァッ!!」
剣と剣が激突する。
轟音が塔全体を揺らした。
アントニウスはナディアの腕を掴み、崩れた通路の奥へ走った。
背後で、ルキウスの叫びだけが響いていた。
黒き鷲十人を前に、ルキウスは一人で立つ。
血が流れる。
腕も足も限界だった。
それでも膝はつかない。
隊長が言う。
「降伏しろ。」
「ベルシャザル様は、お前を惜しんでおられる。」
ルキウスは笑う。
「……遅い。」
「その言葉を聞きたかった頃は、もう終わった。」
彼は最後の力で突進した。
ガァァァン!!
一人。
二人。
三人。
黒き鷲を吹き飛ばす。
しかし残る七人の刃が、同時に彼を貫いた。
ドスッ。
ドスッ。
ドスッ。
ルキウスは血を吐く。
それでも剣を離さない。
「アントニウス……」
「ローマを……頼む。」
最後に彼は剣を地面へ突き立てた。
その衝撃で、支えを失った回廊全体が崩壊す
る。
巨大な瓦礫が黒き鷲ごと通路を飲み込んだ。
ベルシャザルの神殿へ続く道は、完全に閉ざされた。
ルキウス・カッシウスは、その瓦礫の中へ静かに消えていった。




