第11話 新たな同行者
地下水路。
アントニウスとナディアは息を切らしながら走っていた。
その時。
ヒュー
矢が一本、二人の前へ突き刺さる。
アントニウスは即座に剣を構えた。
「誰だ!」
岩陰から、一人の女性が姿を現す。
銀色の長い髪。
狼の耳。
鋭い金色の瞳。
背中には巨大な弓。
腰には双剣。
彼女は静かに笑った。
「やっと見つけた。」
「ローマの密偵。」
アントニウスは警戒を解かない。
「敵か。」
「違う。」
女性は胸へ拳を当てる。
「私はナターシャ。」
「ベルシャザルに滅ぼされた北方の部族の生き残り。」
「七つの塔を壊すために戦っている。」
ナディアが驚く。
「あなたが……狼族最後の戦士。」
ナターシャは頷く。
「金星の塔へ行くなら案内する。」
「もう時間がない。」
金星の塔
三人は地下を抜ける。
やがて視界が開けた。
そこには、紅紫色に輝く巨大な塔が立っていた。
塔の周囲には戦う兵士がいない。
代わりに。
恋人たち。
親子。
兄弟。
友人。
互いを抱き締め合い、涙を流している。
誰も戦おうとしない。
ナターシャが低く呟く。
「これが……ベルシャザルの一番恐ろしい塔。」
ナディアが説明する。
「金星の塔。」
「愛情。」
「忠誠。」
「恐怖。」
「人間の感情そのものを増幅する塔です。」
「バビロンは武力で国を征服したのではありません。」
「王たちに"忠誠"を。」
「民に"安心"を。」
「兵士に"恐怖"を。」
「恋人には"愛"を。」
「それぞれ少しだけ強めただけ。」
「その結果、誰も逆らえなくなった。」
アントニウスは塔を見上げる。
「だから戦争が起きなかったのか。」
「ええ。」
「戦う前に、心を支配されたのです。」
揺れる心
塔へ一歩近づいた瞬間。
紅紫色の光が三人を包む。
ナディアの鼓動が急に速くなる。
目の前にはアントニウス。
戦い続ける背中。
誰よりも傷つきながら、それでも前へ進む姿。
胸が締めつけられる。
「どうして……」
「こんなに……」
彼を守りたい。
そばにいたい。
その想いが急激に膨れ上がる。
しかし同時に、彼女は恐怖を覚えた。
「違う……」
「これは私なの?」
「それとも……」
彼女は塔を見上げる。
「金星の塔が……作った感情なの?」
アントニウスが振り返る。
「ナディア?」
彼女は思わず一歩下がる。
「近づかないで……」
「私は今、自分が信じられない。」
「あなたを大切に思う気持ちが、本物なのか。」
「塔が植え付けたものなのか。」
「分からない……」
彼女の瞳には涙が浮かぶ。
アントニウスは静かに答えた。
「答えは急がなくていい。」
「もし塔が作った感情なら。」
「塔を壊したあとに消える。」
「それでも残ったなら。」
彼は微笑む。
「その時、初めて本当の気持ちだと分かる。」
ナディアは涙を流しながら、小さく頷いた。
その二人を少し離れた場所から見ていたナターシャは、何も言わなかった。
しかし彼女もまた、胸の奥に小さな痛みを覚えていた。
それが金星の塔の影響なのか。
それとも別の感情なのか。
彼女自身にも分からなかった。
その時
塔の頂上で、巨大な紅紫色の女神像がゆっくりと目を開く。
優しく、美しい声が都全体へ響く。
「愛は、人を救う。」
「そして愛は、人を縛る。」
「さあ、あなたたちの心を見せなさい。」
塔の扉が静かに開く。
その奥には、三人それぞれの「最も大切なもの」を試す試練が待っていた。




