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バビロンの謎―七つの星門と失われた王国  作者: 虫松


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第2話 砂漠に立つ旧友と星読みの女

地下神殿の最奥から、足音が響いていた。


コツ――。


コツ――。


青白い光に照らされ、一人の女が闇の中から姿を現す。


長い黒髪。


星空を縫い込んだような濃紺の外套。


額には、青い宝石を中心に据えた金の飾り。


その手には、楔形文字が刻まれた小さな粘土板が握られていた。


アントニウスは腰の短剣へ手を伸ばす。


案内人トスも、息を殺して一歩下がった。


女は二人を見つめ、静かに告げる。


「その武器を抜けば、神殿全体が目を覚まします」


「あなたたちは、ここで石像になるでしょう」


アントニウスの手が止まる。


「名を名乗れ」


女は答えなかった。


代わりに、青く輝く黒い粘土板へ視線を向ける。


「その板は、誰にでも開けられるものではありません」


「王の血か、門に選ばれた者の血だけが、封印を解く」


アントニウスは眉を寄せた。


「私はローマ人だ」


「王の血など持っていない」


女の瞳がわずかに揺れる。


「だからこそ、あなたがここへ来たことが恐ろしいのです」


その瞬間。


神殿の奥から、重い石が擦れる音が響いた。


壁画に描かれていた七隻の星の船。


そのうち一隻の目に当たる部分が、青く輝き始める。


トスが青ざめた。


「まずい……。見張りが来る」


女は外套を翻した。


「こちらへ」


「生きてバビロンへ入りたいなら、私について来てください」


アントニウスは動かない。


「信用できると思うか?」


女は振り返り、鋭く言い放つ。


「あなたを殺すつもりなら、もう死んでいます」


遠くから金属音が近づいてきた。


ガシャッ。


ガシャッ。


青銅の鎧を着た兵士たちが、神殿の通路を進んでくる。


しかし、その歩き方は人間のものではなかった。


まったく同じ幅。


まったく同じ速度。


一切の呼吸音もない。


女は壁面の一部へ手を当て、古代語を唱える。


石壁が音もなく左右へ開いた。


「急いで」


アントニウスとトスは、女に続いて隠し通路へ飛び込んだ。


直後、壁が閉じる。


隙間が消える寸前、アントニウスは青銅兵の顔を見た。


兜の奥に、人間の目はなかった。


青い光が二つ、燃えているだけだった。


星を読む女


隠し通路は、地下深くへ続いていた。


壁には星座と数字が刻まれている。


女は迷うことなく歩いていく。


アントニウスは背後から尋ねた。


「お前は何者だ」


女はしばらく沈黙した。


挿絵(By みてみん)


やがて、足を止める。


「ナディア」


「バビロニアの神殿で、星読みをしていました」


「失われた文字を読み、星の動きから門が開く日を探す者です」


トスが驚いたように女を見る。


「神殿の巫女が、なぜ逃亡者のように地下を歩いている?」


ナディアの表情が曇る。


「神殿が求めているのは、星の導きではありません」


「彼らは星を利用して、世界を従わせようとしている」


アントニウスは黒い粘土板を見せる。


「これには何と書いてある?」


ナディアは指で文字をなぞった。


青い光が彼女の横顔を照らす。


「これは地図です」


「バビロンへ続く道ではありません」


「七つの星門を結ぶ、世界全体の地図です」


「七つの星門?」


「月、水星、金星、太陽、火星、木星、土星」


「七つの門がすべて開いたとき、人の言葉も、記憶も、意志も一つになる」


アントニウスは鼻で笑った。


「神官の作り話だ」


ナディアは彼をまっすぐ見た。


「あなたの第九軍団も、同じ言葉を言いました」


その一言で、アントニウスの表情が変わる。


「軍団を知っているのか?」


「生きています」


ナディアの答えは短かった。


「ただし、あなたが知る兵士の姿ではありません」


アントニウスは彼女の肩を掴む。


「どこにいる?」


「答えろ」


ナディアは恐れずに言う。


「火星の塔です」


「彼らの記憶と戦闘技術は、バビロニアの兵器へ移されています」


「肉体が残っている者もいる。けれど、多くはすでに――」


言葉が途切れる。


アントニウスの指に力が入る。


そのとき。


隠し通路の先から、別の声が響いた。


「そこまでにしておけ、アントニウス」


聞き覚えのある声だった。


アントニウスは即座に剣を抜く。


暗闇の奥から、赤い外套をまとった大柄な男が現れる。


銀の装飾が施された胸甲。


腰には将軍だけが持つ長剣。


背後には、数名のローマ兵。


先頭の男は、懐かしそうに笑った。


「相変わらず、女の扱いが乱暴だな」


アントニウスの瞳が見開かれる。


「……ルキウス」


男の名は、ルキウス・カッシウス。


ローマ第十二軍団の将軍。


かつてアントニウスと同じ戦場を駆け、互いの命を救った旧友だった。

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