消えた手紙と謎の傷
マーリーンは元来気が強い性格をしていたが、それでもその時まで両親に対しては反抗らしい反抗をしたことはなかった。
自分が口を出すことで、両親の関係がこれ以上悪化すると共に、数少ない自らの味方を失うことを恐れていたのだろう。
両親が険悪になったのは、マーリーンの髪と瞳の色が原因だった。……それでも、いや、だからこそ、その時のマーリーンには、両親の愛しか縋るものがなかった。
マーリーンは一族から厄介者のように扱われていたし、詳しくは教えてくれないけど、当時は親しい友人もいなかったようだ。両親が離れていけば、マーリーンは今度こそ一人ぼっちになってしまう。
それでも彼女は、両親の愛を失う覚悟で行動に出たのだ。両親に向ける、最初で最後の賭けだった。
初めての、そしてあまりに鮮烈な娘の犯行にただただ言葉を失っていたマーリーンの両親だったが、続いてマーリーンが本当に自身の目を潰そうとした時、慌てて二人がかりで彼女を止めた。
その時になって初めて、彼らは自分たちの諍いがどれほど深く娘を傷つけていたのか知ったのだ。
マーリーンの両親は、泣きながらマーリーンを抱きしめて謝った。再び互いに愛し合うことは出来ないかもしれないが、それでも話あって、関係を修復することを誓った。マーリーンが、もう苦しまないでいい関係を作りだすことを、二人で誓ったのだ。
そして、それからマーリーンの髪が人前に出ても大丈夫なくらいある程度伸びるまで、ぎこちないながらも、親子として三人で過ごしたのだった。
『私としては、別にあのまま入学してもいいって言ったのだけど、二人が必死になって止めたのよ。……私が鬘なんて被る気がさらさらないことを、見越していたのでしょうね』
そう言って当時のマーリーンは少し苦々しく笑った。
『だけど、結果としてそれで良かったかもしれないわ。なかなか伸びない娘の無残な頭を毎日見続けたお父様とお母様は、随分堪えたようだから。私が学園に入学する頃には、何だか同じ問題に対して取り組む戦友のようになっていたわ。たまに帰省した時も、二人の関係は変わらないように見えるから、以前よりはきっとまともな夫婦関係を築けているみたいよ。……まあ、娘の私の前でだけ取り繕っているだけかもしれないけれど』
そうしてマーリーンは、短い髪のまま、遅れて学園に入学したのだった。
「……どうしたのよ。レイ。ぼうっとして」
繭を顰めて、少しだけ心配そうに私の顔を覗きこむマーリーンに笑みが漏れる。
「いや、昔のことを思いだしていたんだ」
今のマーリーンの顔が、昔のマーリーンの顔と重なって見えた。
……あの時のマーリーンは、こんな優しい目で私のことを見てくれなかったな。
「何か出会ったばかりの頃を思ったら、今こうしてマーリーンと親友でいれることが、奇跡みたいだと思ってさ」
「……あんたがあんまりしつこいから、絆されたのよ。どれほど罵っても諦め悪く付き纏ってくるあんたを見てたら、無駄に虚勢を張っていた自分がアホらしくなったの」
「絆されてくれて良かったよ。だから、今こうして隣にいれるし、これからだって私はマーリーンとの交流をやめる気はないんだから」
「……別に卒業した後だって、たまに会ってあげてもいいけれど、流石にその頃にはもっと対外的な部分も覚えておきなさいよ。好きだ嫌いだだけでは、貴族社会は渡っていけないんだから」
言葉では私を諭しながらも、今のマーリーンはけして私を拒絶しない。
その事実が、溜まらなく嬉しい。
もしかしたら、マーリーンが半年遅れて入学しなければ、あんな髪じゃなければ、マーリーンは学園の中で浮くこともなく、私が積極的にマーリーンに関わることもなかったのかもしれない。
そう思ったら、マーリーンの過去に感謝さえ覚えてしまう私がいる。
……言えばマーリーンを傷つけてしまうかもしれないから、けして、口には出さないけれど。
「……そう言えばマーリン。話は変わるけど、ここ、なんかひっかき傷みたいなの出来ているけれど、どうしたんだい? 少し赤く腫れている」
「ひっかき傷? ……そんなものをつけた覚えなんかないけれど」
マーリーンの右手の親指と手首の間くらいに、斜めに赤い傷跡がついていた。
特別深い傷跡でもないから、このままでも大丈夫だとは思うけど、一応ガーゼで消毒液をつけておくことにする。
「寝ているうちに、引っ掻いたのかしら? ……まあ、いいわ。大したことないもの」
マーリーンは不思議そうに首を傾げながらも、特に気にしなかった。
痛みもないみたいから、特別問題はなさそうだな。すぐ治る筈
使っていた救急箱を片付けてから身支度を整えて、保健室を出ようとした時、マーリーンがふと立ち止まった。
「……あれ」
「どうしたんだい?」
「さっきの手紙がないわ」
マーリーンの怪我の原因になったあの手紙が、なくなってしまったという。
「私がマーリーンを運ぶ途中で落としてしまったのかな? 探さないと……」
「いや、私確かに保健室に持って来てたわ。ベッドに座った時、脇に置いたのを覚えているもの」
慌てて保健室中を探してみるものの、手紙はまるで溶けて消えてしまったかのように、どこにも見つからない。
「まあ、いいわ。……どうせ、碌な手紙じゃないもの」
諦めず探索を続ける私を、マーリーンが先に止めた。
「そんな……もしかしたら、誰かのマーリーンに対する、熱い恋心がしたためられていたかもしれないのに……」
「何よ、それ。……確かに私は両親の事情もあって、婚約者はまだ決まってはいないけれど、万が一あれが恋文だったとしても、手紙でしか想いを告げられない相手なんて、ごめんだわ」
マーリーンは呆れたように笑いながら、肩を竦めた。
「同じ学園にいるならば、いくらでも顔を合せて言葉を交わせるのに、わざわざ一方的な手紙に想いを託すような女々しい男なんて、いらないわ。返事が返ってこなくてもいいって時点で、完全に自己完結しているもの」
「いや、それは直接声を掛ける勇気がない、照れ屋なだけで……」
「その時点で、好みじゃないのよ。女にも声を掛ける勇気がない男が、貴族として大成出来る筈がないじゃない」
……うーん。マーリーンの言葉も一理あるけれど、そんな人ばかりじゃないとは思うけどな。
普段は有能だけど、恋にだけ不器用な人間だっているかもしれないじゃないか。
「……それじゃあ、いい加減寮に戻るわよ」
「あ……うん」
無くなった手紙のことは気になったけれど、それでもマーリーンが決めたことならばと、後ろ髪を引かれるような思いでそのまま保健室を後にしたのだった。
「――まず、【一つ】……」




