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理想の王子様なんていなかったので、自分で目指すことにしました。  作者: 空飛ぶひよこ
第二章 片想いな対抗心

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新しい絆

 結局、武闘大会はアルファンスの優勝ということで終わった。

 その後ザイードは迷惑を掛けた方々に謝罪して回り、そのまま短期の休暇を申請して、事の顛末を報告しに実家に帰ったらしい。


「……父上に、酷く叱られた。レパーディア家の醜態を、学園中に晒すなと」


 実家から戻ってくるなり、私とアルファンスに再度謝罪にやって来たザイードは、苦笑いを浮かべながら肩に乗ったリューイの頭を撫でた。


「感情を殺すのを常としている人だから、父上があれほど怒っているのは初めて見たな。……だが、数時間の説教が終わった後、父上はこう続けたんだ。――『最後に、レパーディア家の当主としてではなく、父親としての俺の意見も言っておく。……お前が無事でいてくれて、良かった』……と」


 父親の口真似をしているのか、通常より低い声でその時の台詞を再現したザイードは、どこか擽ったそうに目を細めた。


「……父上はいつも、殆ど感情を表に出さず、レパーディア家の当主としての役割だけをストイックに果たしていたから、息子である俺も、一族の一人で後継者としか認識していないと思っていた。……だが違ったんだな」


 思わず吊られて私も口元が緩んだ。

 ヴィッカ先生から話を聞いた時、息子が人ならざるものになっても構わない態度のザイードの父親を、冷たいと思った。

 でも、それはあくまで当主としての姿を貫いたが故の言葉で、内心では様々な葛藤があったのだ。その事実に、心から安堵を覚えた。


「……ネルラ先生には謝罪に行ったのか?」


「ああ。ヴィッカ先生が、あの時ネルラ先生が何をしようとしていたか教えてくれたからな。……あの日はネルラ先生には会えなかったから、今日の朝一番に謝罪に行ったよ」


 あの日、ネルラ先生はザイードがリューイと和解した姿を目にした途端、緊張の糸が切れたように、その場で気を失ってしまった。

 その場にいた私は、傾いたネルラ先生の体を慌てて抱きとめて、そのまま地面に倒れ込むのを防いだのだけど、腕の中のネルラ先生の体は驚く程軽くて細かった。

 下から持ち上げるように抱き上げて、急いで保健室に連れて行ったところ、保険医の先生が告げた診断内容は「心労」と「栄養失調」

 どうやらネルラ先生は、武闘大会を迎えるまでの一週間程、碌に食事も出来ないでいたらしい。……それだけ自身の魔力を喪失することは、ネルラ先生にとっても恐怖だったのだ。

 魔法で何とか出来るものでもないから、とにかく今は絶対安静だと言って、保険医の先生はネルラ先生の腕に点滴をつけて、そのまま私を部屋から出した。

 幸い、ネルラ先生は翌日には回復し、その日の午後にはまた授業に戻っていたので、私は先生の元気な姿をすぐに確認できたのだけど、昨日まで実家にいたザイードは今日まで会えなかったのだ。


「俺の姿を見るなり、ネルラ先生は、俺が無事で良かったと言って泣いたよ。……獣化して、危うく先生の魔力を全て奪いかねなかった俺のことを、一つも責めることなく、ただ良かったと、そう言って」


 ザイードは、深い悔恨を滲ませながら、唇を噛んだ。


「無知は罪だな……俺はネルラ先生が、俺を人に戻す為に自分の魔力を全て犠牲にしてくれようとしているだなんて、知らなかった。ヘルハウンドに選ばれなければ、人間で無くなるリスクは知っていても、そのせいで俺以外の人間にも多大な迷惑が掛かることまでは、想像が及ばなかった。……そんな簡単な想像もできないくらい、ただアルファンスに勝つことだけに盲目的に囚われていた」


「ザイード……」


 暫く目を伏せて黙り込んでいたザイードだったが、やがて決意に満ちた目でアルファンスを見据えた。


「……アルファンス。俺は、レパーディア家の当主の地位を引き継いだら、一族の意識の変革を行おうと考えている。他属性に敵対し、一族内だけで籠もる閉鎖的な状況を、変えたいんだ」


「……ほう」


 唐突なように思えるザイードの言葉は、アルファンスにとっては想定内のものだったのか、アルファンスは愉快そうに口端を上げた。


「遠い昔の恨みに囚われているだけでは駄目だ。……先祖が迫害されたことに対する恨みや、他属性の人間に対する敵対心は、心の中の闇を深くする。個人で抱える闇が深くなれれば深くなる程、闇は制御出来なくなり振り回される可能性が高くなる。自分自身の恨みではないから、受け止めて向き合うこともできない。他属性の人間との関わりを避けることは発展の妨げにもなる。……デメリットしかないんだ。子や孫に、先祖の恨みを植え付けることは。過去のしがらみを捨てて、今を見ることこそが、今後のレパーディア家の繁栄には必要なんだ。狭い一族だけの世界で完結するのではなく、もっと他属性の人間とも積極的に関わって、広い世界を見ることを覚えない限り、闇属性の一族には未来はない」


「なるほど。お前の言うことも一理あるな。……だが、何代にも渡って、積み重なった意識を変革するのは並大抵のことじゃないぞ。今後生まれて来る新しい世代はともかく、お前の父親をはじめとした上の世代は反発するだろうしな。一朝一夕でなんとかなるものでもない。……それでも、やるのか?」


「承知の上だ。……何年、何十年かかろうとも、俺の手で必ず一族を変えてみせる」


 ザイードの声に迷いはなかった。


「……それが『償い』の為に、自らを犠牲にして、俺を救おうとしてくれたネルラ先生に報いることだとも思うから」


『闇属性の人々が迫害を受けて苦しんでいたのは、元を正せば私達の先祖のせいだわ。だからこそ、私達は今彼らに償わなければならないの。誇り高い彼らはけして口だけの謝罪なんて受け取ってくれないから、彼らが危険な目に遭っている時こそ、私達が自分から動かなければならないの。例え彼らが、それを望んでいなくても。……それが今の私達が出来る、精一杯の償いだから』


 以前ネルラ先生が言われた言葉が頭を過ぎる。

 先祖の「償い」の為に、自らを犠牲にしようとするネルラ先生は、志は立派だけど、それでもやっぱりどこか歪で。

 その歪さに耐えきれなかったからこそ、ネルラ先生も倒れてしまったのだろう。

 そんな歪さを生んだのが、きっと闇属性の人間と光属性の人間との現在の関係性なのだ。


「光と闇は、本来は表裏一体なもの。共にあって然るべきものなんだ。……それなのに、仲違いをして離れたから、闇の一族も光の一族も、どこか歪んでおかしくなってしまった。……俺は、その関係性を元に戻したい」


「…………」


「また、かつてのように互いに協力し合える関係を、俺の代で再構築するんだ。……その為に俺は力を惜しまない」


「……そうか」


 アルファンスは、告げられた決意に強く頷くと、ザイードに向かって真っ直ぐに視線を返した。


「そういうことならば、俺が王となった暁には、お前に協力しよう。当主一人の力では難しくても、王の力があればまた違ってくるだろうからな」


「っ……アルファンス……」


「勘違いするなよ。ザイード。別にこれは、お前の為じゃない。言っただろう? 闇属性の人間は、国の国防の要だと。簡単に揺らいでしまうようでは困るんだ。光属性の人間が傍にいることで、その揺らぎが軽減するなら、関係性を改善させてみる価値はあるさ」


 そういってアルファンスはザイードに向かって、片手を差し出した。


「――俺達の手で、『今』を変えるぞ。ザイード。俺達が新しい『未来』を作るんだ」


「……ああ…! そうだな。アルファンス」


 差し出された手を、ザイードは固く握り締める。


 多分それは、自身の未来を見据えたザイードと、アルファンスの新しい絆が生まれた瞬間だった。


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