かつて見えていなかったこと
人によっては、ザイードとアルファンスの言葉を、青臭い若さ故の幻想だと笑うだろう。
夢物語ではなく、現実を見ろと、言うかも知れない。
既に定着した物事を変えることは、とても難しいことだから。
だけど、私は彼らがいつかそれを成し遂げることを、心の底から信じられた。
だって、アルファンスが出来ると判断したんだ。
ザイードのことがそうだったように、アルファンスが口にすることは大抵が……例外として、私に対する子どもじみた対抗意識を除いては……現実的な計算を元に可能かどうか導き出されたものだ。彼が出来るというならば、きっと出来る。
きっと、彼らの願いは叶う。
遠い昔のように、闇属性の人間と、光属性の人間がお互い支え合いながら、生きていける社会が復活する。
闇属性の人間が、他属性の人間を拒絶せずに積極的に関わろうとするような、そんな社会が。
きっといつか、私はこの眼で、ザイードの望みが叶う日を見ることになるだろう。
その日がやって来るのが、ただただ待ち遠しい私がいた。
「――ところでザイード。もう一つ聞きたいことがあるんだが」
「何だ? アルファンス。俺が応えられる範囲なら、何でも答えるぞ」
握っていた手を離したアルファンスは、憮然とした表情で少しだけ悩んだ後、完全に想定外する言葉を口にした。
「……その……何でお前が対抗意識を燃やしたのが、レイリアじゃなくて、俺なんだ?」
……はい?
何で、そこで私の名前が出てくるんだい? 君は?
確かに、私も最初はザイードが敵意を向けているのはどっちか分からなかったけれど、君だってザイードの過去の話聞いていた筈だろう?
「……いや、何でそこでレイリアの名が出て来るのか、理解に苦しむのだが……」
想定外だったのは、ザイードも同様だったらしい。
困惑を露わに尋ねるザイードに、アルファンスの眉間の皺が一層深くなった。
「……お前が俺をライバル視しているようなことの多くは、俺がレイリアに対抗して負けていることばかりだ。体格や身分云々はまた別だけどな。だったら、俺じゃなく、レイリアに対しても同じような感情を抱いて然るべきだろう」
……いや、アルファンス。
君が私に負けていることの多くは、私限定で生じる君のうっかりに起因するものだから。
実際、私今回の試合はザイードに負けているし、以前だって私の方が白星は多いけれど、それでも負けたこともある。
何でいつもいつも、そんなに私のこと買い被るかな、君は……。
「……確かにレイリアは、武闘のセンスもあるし、学問も優秀だ。俺が負けている部分は多くあると思う」
ザイードは顎に手を当てながら、どこか呆れたような表情で言い放った。
「……だけど、レイリアは女だ。女だからと言って侮る気は毛頭ないが、それでも女相手に一方的な対抗意識を燃やすのは、男として何か情けないものがないか」
一瞬、その場の空気が凍った。
特にアルファンスの周囲の空気が二、三度下がった気がした。
……ちょっと、ザイード。それを言ったら、私に対抗意識を燃やしているアルファンスは……。
口元を引きつらせるアルファンスの様子を気にする様子もなく、ザイードは一層追い討ちを掛けた。
「……そうだ。せっかくだから言っておくが、アルファンス、お前もいい加減素直になった方がいいと思うぞ。対抗意識を燃やして突っ掛っていても、レイリアのお前に対する好感度が下がるだけで、状況は何も変わらないからな。女を口説きたいと思うなら、もっと紳士的にだな……」
「……っザイード!! この前から思っていたが、お前、俺とレイリアの事に関して大いに誤解しているぞ!!……お、俺は、こんな、男装女のことなんて、別に……!!」
「誤解? ……ああ、なるほどな」
ザイードは顔を真っ赤にして否定するアルファンスと、何も言えないでいる私を交互に見やってから、ふと口端を上げた。
「……アルファンス。俺はお前に何一つ勝っていないと思っていたようだが、自分自身の気持ちに向き合うことに関しては、今の時点では俺の方が上だな。……女の扱いに関しても」
「……なっ!!」
「――レイリア。アルファンスの子どもっぽい所が嫌になったら、何なら俺に乗り換えても構わんぞ。現在は同属性間のみで行われている闇属性の婚姻の習慣を、打ち破る第一歩だ。お前程の身分なら、誰も表だっては文句は言えまい。協力してくれないか?」
「ザイード!?」
「はははっ。君の申し出は嬉しいけれど、私には少々荷が重すぎるよ。その役目は。他のことで、出来る限りは協力したいとは思うけどね」
明らかにアルファンスを茶化しているザイードに合わせるように返すと、ザイードの笑みは一層深くなった。
自身の闇を受け止めることを覚えたザイードは、もう感情を殺すことはしない。
吊られて私の笑みも一層深くなった。
「そうか。残念だ。……気が変わったら、いつでも言ってくれ」
最後にもう一度だけ、私とアルファンスに向けて謝罪と感謝を口にすると、ザイードはリューイ共々去って行った。
「……全く。あいつは、謝罪と礼を口にしに来たのか、俺の神経を逆撫でに来たのか、どっちなんだ」
「まあまあ。それだけ、君とザイードの距離が近づいたということだろう? いいじゃないか」
しかめっ面で吐き捨てたアルファンスに苦笑いを浮かべながら、せっかくなので私も先日からの疑問を口にしてみることにした。
「……で? ザイードが以前言っていたことは本当なのかい?」
「……何のことだ」
「――君が、いつも私のことを見ていたってことだよ」
次の瞬間、アルファンスの顔が先程より一層赤く染まった。
「そ、そんな筈ないだろう!! たまたまだ、たまたま!! 誰がお前みたいに、可愛げがない女なんか見るか!!」
「……ふうん。そうか」
以前の私だったら、アルファンスのこの言葉を額面通りに受け止めて、初めて出会った時に言われた言葉と重ねあわせ、表では平然とした調子を取り繕いながら密かに傷ついていただろう。期待して裏切られたくなかったから、ずっと胸のうちに巣食い続けるアルファンスへの恋心と向き合いたくなかったから、すぐに視線を逸らして本当の彼の感情を見逃してしまっていたことだろう。
だけど、今の私は違う。アルファンスに対する恋心を受け入れた私は、アルファンスから目を逸らしたりなんかしない。
だからこそ、かつては見えていなかったことが分かるのだ。
耳まで染まったアルファンスの顔の赤さが、単純に怒りだけが所以ではないことに。
必死に否定するアルファンスの視線が、どうしようもない程に泳いでいることに。
「それなら、そういうことにしておくよ。……今はね」
どうせ、否定されるから敢えて今はこれ以上追及しない。
だけど、ひょっとしたらひょっとするのかもしれない。
もしかしたら私の恋は、私が思っていた以上に明るい未来が待ち受けているのかもしれない。
そう思ったら、自然に口元がにやついて仕方なかった。




