望む未来に必要なもの
「……俺は、俺しか、なれない……」
目を見開いて、アルファンスの言葉を噛みしめるように呟いたザイードに、アルファンスは頷いた。
「単純に、試合や学問で俺に勝ちたいというなら、お前が俺を目指すことには意味があることだと思う。単独で見れば俺とお前の目指すものは同じで、俺は今までお前より良い成績を修めていたのは事実だからな。実際ザイード。お前は俺に勝とうとしたことで、以前よりずっと戦闘能力が高くなったし、学業の成績も上がっただろう?」
「……確かに、それはそうだな。お前がいなければ、俺はあそこまで努力はしなかっただろう」
入学した頃、ザイードの成績は優秀ではあったが、それでも確か学年の順位は二桁前半くらいだったと思う。
だけど、いつの頃からザイードはずっと一桁の順位をキープするようになっていた。
勉強のこつを覚えたのかくらいに勝手に思っていたのだけど、あれはアルファンスに対抗意識を燃やした故の結果だったのか。
「だが、それ以外のことまでお前が俺を追い求める意味はないだろう。お前の目指すべき先に、俺はいない。俺はこれから王に、お前はレパーディア家の当主になる。俺とお前は、これから進むべき道が違う。目指すべき姿が違う。……まあ、お前が、王位強奪を目論んでいるというなら、その限りではないけどな」
「……っそんな大それたこと、考える筈がないだろう!!」
「分かっている。……だから、意味がないと言っているんだ」
王族に対する二心を必死に否定するザイードに、アルファンスは肩を竦めた。
そして、真剣な表情でザイードを見据えながら、凛とした声で言い放った。
「……抱えた闇から抜け出すことが出来たのなら、そのまま己を見据え、前を向けっ、ザイード! 俺の背中ではなく、未来のお前自身の背中を模索しろっ! レパーディア家の当主として相応しい姿に成長した、未来のお前の姿をなっ!!」
「……っ」
「……お前にしっかりして貰わないと、王になった未来の俺が困るんだ。何せレパーディア家の領地も、レパーディア家が取り纏める闇属性の人々も、国防の要だからな。この国に干渉したくてウズウズしている諸外国を跳ねのけるには、レパーディア家の当主の力が必要不可欠なんだ」
そう言って、アルファンスは口端を吊り上げて笑った。
「一度しか言わないから、よく聞け。ザイード。俺は今のお前なら、レパーディア家歴代最高の当主になれると思っている。自身の闇を受け入れ、向き合うことが出来たお前ならな」
「アルファンス……」
「……なんせお前は、この俺が認めた『ライバル』なんだから。それくらいはなって貰わないとな」
視線を逸らしながら、アルファンスは小さな声でそう付け足した。
『ライバル』とアルファンスが口にした瞬間、ザイードの目に、涙の膜が貼るのが分かった。
込み上げるものを耐えるように口元を抑えたザイードに苦笑いを浮かべながら、アルファンスはザイードの足元を見やった。
「……なあ。お前も、そう思うだろ? ヘルハウンド」
寄り添うようにザイードの足元のいたヘルハウンドが、アルファンスの言葉を肯定するように一声吼えた。
「っ……いつの間に、こんな所に……」
鳴き声を聞いて、どうやらザイードは初めてヘルハウンドがそこにいたことに気が付いたらしい。
暫くの沈黙の後、ザイードはその場に屈み込むと、円らな赤い瞳を向けるヘルハンドの顔を覗きこんだ。
「ヘルハウンド……否、リューイ。俺は、お前の力を分けて貰うには……お前の主になるには、相応しい器ではなかったな」
静かに語りかけるザイードの言葉を、ヘルハウンドは静かに聞いていた。
「お前が望むだけ力を与えてくれるのをいいことに、俺はただアルファンスに勝ちたいと言う一心だけで、ひたすらお前に力を求めた。お前が、主を選ぶことの意味も考えず、自身の許容量も分からず。その結果、闇に呑まれた。……実に、愚かだ。リューイ。お前もさぞかし俺に呆れたことだろう」
リューイと呼ばれたヘルハンドは、ザイードの言葉に何も応えない。
ただその澄んだ赤い瞳を、真っ直ぐにザイードに向けていた。
「……お前が、俺との守護契約の破棄を望むのなら、俺は応じよう。それが当然の結果だと思っている。……だけど、もし……もし、お前が……」
そこで、ザイードは言葉に詰まった。
リューイはやはり、何らかの反応を示すこともなく、ただ静かにザイードを見つめ続けていた。
ザイードは少し悩んでから、躊躇いがちにリューイに向かって手を伸ばし、魔具によって小型犬程度の大きさしかないその体を抱き上げた。
リューイは、そんなザイードに対して抵抗をしなかった。
ザイードはリューイを掲げるように持ち上げ、ちょうど目線が合わさるようにして、続けた。
「……だけど、もし、お前が契約を続けてくれるのなら。……俺は、今度こそお前の主に、相応しい人間になると誓おう。自身の闇に呑まれることなく、お前が分け与えてくれる力を、必要な分だけ相応しい形で使いこなせるような人間に。もう二度と、こんな醜態を晒したりはしない」
リューイは、相変わらずザイードの言葉に何も応えない。
……だけど、私は気が付いてしまった。
「だから、リューイ……これからも俺の、傍にいてくれないか?……俺を、助けてくれないだろうか。……今俺が思い描く未来には、お前の存在が必要なんだ……」
リューイの黒い尻尾が、嬉しそうに左右に揺れていることを。
その揺れ方は、ザイードが言葉を重ねる度速くなっていくことを。
少しだけ焦らすかのように間を置いてから、リューイはどこか弾んだ調子で高く吼えた。
それは、私や周囲の人間にはただの犬の鳴き声のようにしか聞こえなかったが、リューイと契約を結んでいるザイードには違った声で聞こえたらしい。
ザイードの目からは、とうとう一筋、涙が零れ落ちた。
「リューイ……お前はまだ、俺を主と呼んでくれるんだな……」
ザイードはそのまま啜り泣きながら、震える腕でリューイの体を抱きしめた。
「……ありがとう。リューイ。……もう俺は二度と、お前を幻滅させたりしない……絶対に、お前が使えるのに相応しい男に、なるから……」
とめどなくザイードの頬を流れる涙を、リューイが舐めて拭い、そのことで増々ザイードの涙の量は多くなって行った。
何度も何度も「ありがとう」を繰り返しながら、ザイードは涙が止まるまでの間、ずっとリューイを抱きしめていた。




