目指すべきもの
認められなかった。
認めたくなかった。
敵意ならば、まだ良かった。例えそれが周囲や、アルファンス自身に知られたとしても、それほど問題はなかった。
けれど、胸の奥に宿った憧れに気付かれることは、敵意以上に、どうしようもなく惨めなことのように俺には思えた。レイリアだけを見ているアルファンスから同じように相手にされないのだとしても、一方的な羨望を向けるよりも、一方的な敵意を向けるほうが、まだましだった。
アルファンスのようになりたいと、そう思うことは、自分自身が何もかもアルファンスより劣っているという事実を認めることでもあった。レパーディア家の当主として、生れた時から特別な存在として扱われていた俺としては、どうしてもその事実を認めるわけにはいかなかったのだ。
だから、俺はアルファンスに対する憧憬を、敵意で上書きして、なかったことにした。
感情を殺すことは出来なかったから、一層強い他の感情を燃やすことで、自分自身の気持ちから目を逸らした。
それが、俺自身の心を歪めて、胸の中に巣食う闇を広げることだと分かってはいたが、どうしようもなかった。
そして、俺のアルファンスに勝ちたいという想いは日を追うごとにますます強くなっていった。
アルファンスに、勝ちたい。
アルファンスに勝って、この惨めな想いを完全に無かったことに出来るだけの、特別な力が欲しい。
絶対にアルファンスに負けない、そんな特別な力が。
【――ナラバ、オレガ与エテヤロウ】
そして、俺は守護獣を召喚する授業で、ヘルハウンドに出会った。
魔法陣から現れたヘルハウンドは、俺の心の声に応えるように、俺にしか聞こえない低い声で、そう言い放った。
【オマエガ、ソレヲ得ル二相応シイ器ナラバ】
ヘルハウンドのことは、昔から何度も話を聞いていたから、よく知っていた。闇属性にとって、ヘルハウンドを召喚することは特別な誉れで。その代わり、主に認められなかった場合は、人ならざるものに変じてしまうという危険なリスクがあって。
だけど、俺の頭の中には、闇属性の人間として特別なことを成したという喜びも、危険なリスクに対する恐れも何もなかった。
俺の頭にあったのは、ヘルハウンドさえいれば、今度こそアルファンスに勝てるかもしれない。そうなったら、このどうしようもない感情から、抜け出せるかもしれない。
ただその一心で、俺はヘルハウンドと契約を結んだのだった。
「――だけど俺は本当は、ヘルハウンドに頼る前に、どんなに惨めなことだったとしても、ちゃんと自分自身の感情を認めるべきだったんだ」
ぽつりぽつりと過去を語っていたザイードは、唇を噛みしめて俯いた。
「お前のようになりたいと……それが無理ならば、せめてお前に好敵手として認められたいと、そう思ってしまう認めたくない自分を、俺は受け入れるべきだった。……それが出来ていれば、今のように自身の闇に浸食されて暴走し、大勢の人間の前で醜態を晒すこともなかっただろうに。……下手なプライドから闇に浸食された俺は、結果的に闇属性と、ヘルハウンドの評判を貶めた。……実に無様だな。これではレパーディア家の次期当主、失格だ」
苦い悔恨を滲ませたザイードは、一度顔を上げてアルファンスを見据えると、深々と頭を垂れた。
「……悪かったな。アルファンス。俺の一方的で勝手な感情に付き合わせて。……お前が止めてくれなければ、俺は今頃取り返しがつかない事態になっていたかもしれない」
そしてザイードは、私の方を見て、再び頭を下げた。
「レイリアも。……お前の声があったから、俺は闇から脱却出来た。礼を言う」
静かに感謝を口にしたザイードに、何も言い返せなかった。
何て言葉を掛ければいいのか、分からなかった。
無事で良かったと口にするのも、認めたくない自分を認めた今なら前に進めると口にするのも、今のザイードにかける言葉としては相応しくない気がしたのだ。
「――ザイード。お前は俺のようになりたかったと、そう言ったな」
私が何を言えばいいか悩んでいる間に、アルファンスの方が先に言葉を発した。
「……ああ。そうだ。俺は、お前のようになりたかった」
再度アルファンスの方に向き直ったザイードは、少しの逡巡の後、頷いた。
アルファンスは眉間に皺を寄せて少し考えた後、自身の米神の辺りを指で掻いて溜息を吐いた。
「……取りあえずお前のさっきの話だが。不本意過ぎる俺の第一印象だとか、普段の俺の様子だとか、突っ込んで否定したい所は色々あるが、まず一つ言わせろ。お前が、俺を目指すこと自体がそもそも間違っているぞ」
アルファンスの言葉に、ザイードの表情が歪んだ。
「……そうだろうな。俺がお前を目指したところで、お前のようになれる筈がない。最初から叶う筈がない不毛な願いだ」
「違う。そうじゃない。……なんで、そういう風に取るんだ。ザイード。お前、本当は随分ネガティブだったんだな」
呆れたように言いながら、アルファンスは自身の金色の髪をくしゃくしゃと掻き毟った。
「よく考えてみろ。ザイード。俺とお前は、属性も立場も、進むべき道も、全く違う。俺は火属性で、王族で、やがて王になる。お前は闇属性で、闇属性の一族で、レパーディア家の当主になる。これだけ状況が違っているのに、お前が俺を目指す意味があるのか?」
「……すまない。アルファンス。俺にはお前が何が言いたいのか、よく分からない」
「分からないか? ……お前は、俺のようにはなれないと言ったな。確かにそうだろう。だが、裏を返せば、俺だってお前のようにはなれないということだ」
ザイードはアルファンスの言葉に、鳩が豆鉄砲を食らったかのような表情を浮かべた。
「ザイード。よく聞け。……俺はお前にはなれない。俺が属性適性が高いのは火だけだから、俺には闇属性の魔法は使えない。当然、ヘルハウンドを守護獣にすることは勿論、召喚することすらできないだろう。筋肉がつきにくい体質だから、いくら鍛えてもお前のような体格にはなれないし、お前のように日常的に感情を表に出さないように、押し殺し続けることもできない。魔法で髪を黒く染めることくらいは、昔やったことがあるから出来るが、瞳の色まで黒くするのは大分難しい。だが瞳の色を変えるのに成功したとしても、髪と目の色を黒くしたくらいじゃ、お前のように威圧感を出すことは出来ないだろう」
「……やっぱり、お前が何を言いたいのか、よく分からないのだが」
傍から見ても分かるほどに困惑を露わにするザイードを、アルファンスは鋭く睨み付けた。
「――ザイード・レパーディアになれる人間は、お前しかいないということだ。お前が他の人間になれないように、お前になれる人間もまた、お前しかいない。それはお前にしか、出来ないことだ。お前は俺を目指すのではなく、ザイード・レパーディアとして最も相応しいと思う姿を目指すべきなんだ」




