016
あの後、お稽古の時間が始まってしまったこともあり、加乃ちゃんとはあれ以上話す事が出来なかった。私は聞きたくて視線をチラチラ向けていたけれど、まあおばさまの目の前で加乃ちゃんが現を抜かせるはずもなし。逆に私は「いつも以上にとっちらか……独創的ですわね」という評をいただくこととなった。とっちらかったと言いかけられたことよりも、もしかしていつもそう思ってらっしゃる?ということにショックを受けた私です。
それにしても、だ。加乃ちゃんから聞いて以来、「まさか」と「言われてみれば」が私の頭の中をぐるぐると回っている。
言われてみれば、この現代でありながら血筋や家柄なんてものが幅を効かせる学園じゃ、やっかみ含めいい見方をしない人間がいるのも当然だろう。だいたい、血筋が関係ない前世の世界でだってどうだったか分からない。自分より多くを持っている者を妬むものも、未知の勢いを持つ新参者に優しくないものも、きっと多くはないけれど少なくもないのだろう。例えば白鳥エリカの母のように。
けれど。
一方で、棗が藤吾くんに対して、それらの感情を持ち合わせているとはどうしても思えなかった。そもそも棗は壁を作りやすいし、これは『わたとげ』由来の知識になるけれど、気心が知れていなきゃあそこまで態度が砕けることもないだろう。だから加乃ちゃんが学校じゃ二人が仲良くしていない、なんてことに抱く気持ちは「まさか」だし、だけど加乃ちゃんが私にそんな嘘をつくメリットも理由もないしそんな性格でもないことを知っている。と、いうことは、棗と藤吾くんは本当に学校じゃ仲がよくないってことになるんだけど……でも藤吾くんはすごく人懐っこい性格みたいだし、棗がいくら距離を取ったところで家で会った時みたいに近づいていくんじゃ……あっ。でも確かに私が会いに行った時、人目のつかないところに案内されたような……?
「白鳥さん?」
「はい元気ですっ!?!」
「……………」
気付くと目の前にはぽかんとした顔の透子ちゃん。間抜けにも見えるけれど、大きな瞳がぱちくりと瞬きを繰り返すさまは素直に可愛くて、つい見惚れてしまう。
が、ほどなくしてそのきょとん顔がみるみる内に笑いに転じたことで、ようやく今の状況に思い至った。今、私たちは例のごとく温室に集まって会議をしている最中だったのだ。
「ふっ、…っく、す、すみません、お、お元気そうで何より……」
「…………いえ、あの、ちょっとぼんやりしておりまして…………」
「ぼんやりしてると健康観察の返事みたいなもんが出てくんのかお前は」
「……我が家の家訓ですの」
「ぶふふっ」
花山院の方からも笑いの波動が聞こえた気がしたがもう気にしないことにした。もちろん家訓なわきゃないが、しばらくはアリバイ(?)作りのために杢館さんに健康観察を頼んだ方がいいかもしれない。
しかし本当にぼんやりしていたらしい。さっきまで三人が何を話していたのかさっぱり分からない。尋ねようとしたところで、逆に透子ちゃんから「どうかしましたか?」と先手を打たれてしまう。事件とは無関係の、言ってしまえば家のことだし、気もそぞろだったことを謝って誤魔化そうとしてはみたけれど、透子ちゃんはそんなことで騙されてくれるほど鈍感なヒロインでもないわけで。
「白鳥さんが考え込むこと自体珍しいとは言いませんが、事件のことなら僕たち一緒に考えてるじゃないですか」
「花野井さま…………」
ああっ。透子ちゃんの背後に後光が見える……!
ヒロインだからということもあるけれど、シンプルに透子ちゃんの人柄が好きだな。身内の話で恐縮だけど、これでも透子ちゃんは上にきょうだいがいる妹としての先輩(?)なのだから、少しばかり頼らせてもらうのも悪くないかも?
そう思っていると、今度は花山院が「もしかして」と口を開いた。
「噂のことで悩んでいるの?」
「は? ええと……なんの噂ですか?」
「あの……白鳥さんからしたらとても不服かもしれないんですが、僕と白鳥さんが……その……」
「?」
気まずそうに目を彷徨わせる透子ちゃんに見かねたのか、西門がため息を吐いて続きを引き取った。
「お前と花野井が身分違いの恋をしているんじゃねーかって噂が立ってんだよ」
「………は、はあああ!?」
「だっ、大丈夫です白鳥さん! 僕は全く勘違いしてませんから!」
「い、いえ、あの、他に比べたらいちばんマシなのでお気になさらず」
「マシ?」
「ゴホゴホゴホいやですわめまいが……」
「わーーー! 白鳥さん大丈夫ですか!?」
うっかり本音を零した私の身を心配してくれるのは透子ちゃんしかいなかった。くそう。
まあ西門や花山院と噂になるのに比べれば精神的負担はそうでもないけど、いい加減事実無根の恋愛ゴシップは遠慮したいな……。こちとらゴシップ・ガールじゃないのよ悪いけど……。
精神的苦痛による頭痛はさておき、頭に手をやりながら私は目下頭を悩ませている棗と藤吾くんのことについてかいつまんで説明した。母上の選民主義については白鳥家の内部問題過ぎるので明言は避けたけれど、棗や母のその現場を実際に目撃し体験したことのある西門は、すぐに理解してくれたらしい。ていうか花山院も理解が早いんだけど、まさかあんたたち、夏越の祓えでの一件を共有してるんじゃないでしょうね……?
「それは確かに妙だね。最近人気のブランドではあるけれど、言ってしまえば成り上がりだとして小馬鹿にする人もいないわけじゃないし」
「そうなんです。それに棗がその偏見を持っていなかったとしても、だとすれば学校で話さないのは何が理由なのかしらと思っていて……」
「あと不思議なのは、どうしてその莇野くんは白鳥さんの家にお邪魔できたんでしょうね?」
「確かに……まさか屋根を伝って入るわけにもいかないでしょうし……」
うーん、と腕を組んで首を傾げる私たちを他所に、西門は深く長いため息を吐いた。どうしようもないな、とでも言いたげに。
「おまえら、揃いも揃ってバカなのか」
「ば、バカですって!?」
「いったい何がわかんねえんだよ」
「あなたみたいな朴念仁に謎はすべて解けた!みたいな顔されたくないですわよ。分からないのはただひとつの真実です!」
「それがバカだって言ってる。真実なんてものは、ひとつじゃねえだろ」
「えっ?」
「そもそもおまえの弟は、本当にAZAMINOの息子に対しての偏見を持ってるのか」
呆けていると、隣で「あ」という声が漏れた。透子ちゃんのものだ。
「答えはけっこうシンプルなのかも……」
「シンプルって、いったいどういうことですか?」
「ううんと、今白鳥さんが不思議に思っているのは、学校で成り上がりのブランドの息子と気軽に話さないという偏見を持っているように見える棗くんと、一方で家に呼んだり気心しれた仲良しの様子を見せる棗くん、どちらが真実なのだろうか、ということですよね」
「はい」
「じゃあ、見方を変えてみたらどうでしょう。つまり」
――「学校で話さない」ようにしているのは棗くんではなく莇野くんである。
「あ………」
「自分の家を成り上がりだという偏見があることも理解している莇野くんは、恐らく白鳥家がこの横の繋がりの中でどういう位置にいるかも察している。それこそ、白鳥家と繋がりを持ちたい家の子供が近寄っていることもあるでしょうし、もしかすると最初のうちは仲良く話しかけたりもしていたかもしれません。けれどそれが棗くんに迷惑をかけると思ったら? 当然、学校などの人目がつく場所では避けるでしょう。だから家などの衆目がない場所では仲良くする、というギャップが生まれた」
「で、でもそれならどうしてわたくしの家に来ることが出来たんですの?」
「それは、大切に思っているのが莇野くんだけじゃないからかもね。どこぞの名家の息子だとかなんだとか、色々方便が立たないわけでもない」
「!」
確かに、思い返してみれば棗を探しに中等部に行った時、藤吾くんは人目がなくなるところまで来ないと私と話そうともしなかった。よくよく考えれば、白鳥家がどうこうということを差し引いても、あの行動は不自然だ。それに、確かに棗が嘘を吐けば彼を招くことはできる。藤吾くんの容姿なら、海外のうんたら家の息子、なんて言っても通用する気がするし……。
でもそれでもまだ謎は残る。なぜなら私は藤吾くんを「莇野藤吾」として紹介されたのだ。
そう言うと、西門がひとりごとのように言った。
「おまえがそういう類のものを持ち合わせていないのを知ってるからだろ、あいつは」
「え?」
「……覚えてねえならいい」
「はあ………?」
なんなんだこいつは。
そしてなんで透子ちゃんと花山院は微笑んでるんだ? さっぱり分からない。やめてよその、少女漫画でありがちな鈍感系主人公を「しょうがないな」って見守るような目は……よもや私の傍に「キョトン」のオノマトペが描かれてやしないだろうな?! 不安になって髪を払うふりをしながら辺りを払う。西門に変な目で見られたがスルーした。ふう。
「でも、かなり納得できました。棗も昔はかわいかったんですけれど、最近は本当に何を考えてるか分かりにくくって……」
「そんなに分かりにくい? 棗くんって、かなり分かりやすいと思うけど……」
「ええ? どこが分かりやすいんですか?!」
「西門とか僕に牽制してくるところ、ですかね……」
「牽制? 野球の話ですか?」
「そっちの牽制じゃねえんだよバカ」
「だからバカバカ言わないでくださいます!?」
「じゃあアホ」
「言い換えればいいってもんじゃありませんわよ」
漫画だったら青筋の浮かんでいそうな気配を感じて人知れずこめかみを揉んだ。
そんな私を他所に、透子ちゃんは薄い唇にしろい指先を当てて何かを考え込んでいる様子だった。
――これ、知ってる。
この世界に出会ってからのものじゃない。私が、原作である『わたとげ』を読んでいた時によく取っていたポーズだ。印象に残っているのは、もちろん私が原作ファンってこともあるけれど、それより何より、このポーズがいつも大事なシーンで描かれていたということだ。
つまりは、透子ちゃんが謎の真相に行き着く時。
私の予想に違わず、透子ちゃんは伏せていた睫毛を持ち上げる。そして、なぜか私と目が合った。
「……もしかして、解ったのですか。花野井さま」
思わず、口から溢れていた。透子ちゃんは一度驚いたように目を瞬かせたあと、「どうしてですか?」と問いを返した。西門や花山院も不思議そうな顔で私を見つめていて、私は一拍遅れてはっとする。私は透子ちゃんのポーズで真相に気づいたことが分かるけど、全く関係ない話をしていたのに脈絡なく「解ったの?」なんてあまりにも不自然すぎる。あわあわとしている様子をせめても誤魔化すように指先に髪を巻き付けた。
「わ、わたくしは詳しくありませんが、かの名探偵シャーロック・ホームズも謎解きの際には口元に手を当てて椅子の上で体育座りをしたと聞きますので……」
「……それってまあまあ詳しくない?」
「……英国文学にも明るくあれ、は白鳥家の方針ですから」
「でも僕も好きですよ、ホームズ。そんな彼に重ねていただけるなんて光栄です。もっとも、言い当てられたってことは白鳥さんの方がホームズみたいですけど」
「! それじゃあやっぱり」
「はい。とはいえ仮説ですけど」
「仮説でも構いませんわ。ぜひ聞かせてください」
透子ちゃんはそこで言い淀む様子を見せた。まさか世の探偵ものに即して、推理は関係者全員が集められたその場までお預けになるんじゃなかろうな……?
幸い、私の予想は当たらなかった。けれど、透子ちゃんの下がった眉尻は、私に納得と衝撃をもたらしたのだった。
「僕の仮説が正しければ、近いうちに切り刻まれるのは僕の制服だと思いますよ」




