王の花嫁探し4
バウム氏は重い足取りで場末の宿を出た。とてもではないが家族を連れて泊まりたい宿ではなかったが、その宿さえも満室だった。
正直に言えば、次の宿に向かうのも気が重い。次の宿もこの界隈になるだろうから、本音を言えば妻子を泊めたいとは思わない。それでも泊まれるだけ幸運なのだと自分に言い聞かせる。
それでも自然と肩は落ち、背は丸まる。その肩に置かれる手に、バウム氏は驚きのあまり飛び上がった。
「旦那、旦那。宿を探していなさるんで? 宿じゃないが貸家なら心当たりがありますぜ」
バウム氏が肩に置かれた手の主を振り返ると、どこかのお仕着せを着ていても着慣れていない感の漂う男がいた。
この辺りでなければこの男の言う貸家でもいい。寧ろ、この辺りではない貸家なら持ってこいだ。妻子は貧乏暮らしに慣れていて家事なら一通りできる。使用人すらいなくても平気だ。
バウム氏は男の話に気を惹かれた。
「その家はこの界隈か?」
「お貴族様の住むイーストサイドの中心街さ」
男はバウム氏の耳元に手で覆いを作って囁く。
「大きな声じゃ言えませんが、屋敷の主が破産して元使用人達が秘密裏に貸し出ししているもんで。厩もあるから馬車も預かれますぜ」
イーストサイドの中心街はそれなりの貴族が邸宅を構えることが多い。大貴族たちは少しずれた場所に大邸宅を構えるが、そこは伯爵や大貴族の親族、裕福な子爵などが居を構えている。大方、落ちぶれて手放された元子爵の持ち物だと、バウム氏は当たりをつける。
そこなら嫁入り前の娘が二人もいるバウム家にとっては願ってもいない立地である。
バウム氏は俄然、そこ一択になった。
この辺りの宿に空室があろうが、妻子に危険の少ない地域のほうに軍配が上がる。
担がれているのではないかと半信半疑でバウム氏は尋ねる。
「本当にそんなことがあるのか?」
「本当でさ。雇い主が逃げちまったもんだから、元使用人達のうち再就職先が見つかったもんはいいんだが、見つからなかったもんは給金未払いのせいで自力で稼ぐしかなくってよ、こうやって貸家の斡旋をしているんでさー」
「給金未払で姿を消すとは、とんでもない話だな」
男の話通りだとするととんでもないことである。破産したとしてもまずは使用人達に紹介状を書かなくては、彼らも良い次の職場を探せない。紹介状の有る無しはそれだけで大きな信用問題に繋がる。真っ当な仕事にありつけるかどうかは、信用のある紹介状の有無で決まると言ってもいい。
勿論、メイド頭か家政婦、執事などが書いた紹介状でも良いが、その当の本人すら職探しをするとなると役に立たない。その場合は、他家の上級使用人仲間か元雇い主の知人に書いてもらうなど知恵を回さなければ、紹介状は紙屑といってもいい。とは言え、紹介状無しに比べれば遥かに良い。
紹介状がなくても以前の職場での働きを知られていれば、そのまま雇用されることはあるが、それは稀である。つまり、紹介状を書くことは雇い主の最低限の責務なのだ。
「でしょ? 旦那、借りて下さるんで?」
夢でも見ているようだった。これはきっと日頃の行いが良いお陰だとバウム氏は納得した。
「ああ。借りさせてもらうよ」
「有り難い。じゃ、案内しまさあ。ご家族がお待ちの馬車はあちらの馬車で?」
バウム氏は男の問いかけに頷く。男は素早く辻馬車に近寄り、御者の隣に乗り込もうとする。が、その後ろ襟を掴まれ、落ちて尻餅をつく。
「何しやがる!」
男は自分の襟を掴んだ男に怒鳴りつける。怒鳴りつけられた男は洗いざらしだがなかなか上等な服を着ている。仕えている人物からのお下がりだとすると、先程の話に出たイーストサイドの中心街で働く上級使用人と言っても通用するかもしれない。背筋に棒でも入っているかのようにピンとした姿勢もその憶測を裏付ける一因だ。対して、怒鳴りつける男は良くて馬丁頭。悪ければ万年馬丁といったところだろうか。
黒髪と茶髪の混じった姿勢の良い男は怒鳴る男と辻馬車の間に立つ。
「最近、上京してきた淑女が攫われるという出来事がありましてね。主人から不審な者がいないかそれとなく見回るように申し付けられているのですよ」
「え?!」
バウム氏は目を丸くして宿を斡旋する男と姿勢の良い男を見比べる。
どちらを信じればいいのかわからないが、自分が気付かぬうちに王都は物騒になり、妻子を危険に晒しかけたかと思うとバウム氏は血の気が引く思いだった。
「何! 俺がそうだとでも言うのか!」
「その男性と同じ宿から出てきたあなたを不審だと思わなくて、誰を不審だと思えばいいのですか?」
「! 俺はそこの酒場にいてだな・・・」
「酒場も兼ねていると言っても、まだ真っ昼間ですよ? 酒場は開いていないはずないでしょ」
バウム氏はその言葉に先程の宿を出入りする際に見かけた食堂は暗かったと思い出して頷く。
「あんた、私を騙すつもりだったのか?」
バウム氏の問いに怒鳴る男の返答を待たず、姿勢の良い男は続ける。
「それに案内もされていない辻馬車の御者席に飛び乗ろうとするところを見ると、馬車ごと攫う気があったんじゃありませんか?」
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それにしても、いつになったらバウム一家は舞踏会に辿り着けるんでしょうか・・・




