39.見えない希望
「むう」
陶隆房は、苦々しい表情で盃を舐めていた。
(兵力差を鑑みても、此度はひと捻りと思うておったが――)
三島・来島連合は、隆房の予想を超えて遥かに強かで、そして何よりしぶとかった。
本陣ごと果敢に突っ込んでくるかと思えば、来島と連動して隆房の居る本陣近くまで兵を寄せてきた。
よじ登られる寸前で気づいた故、隆房に危害は及ばなかったが、
(あやつら、腹いせに関船を焼いていきおった)
それも、全半焼合わせて10艘も。
隆房にしてみれば、まさに「追い詰めたネズミに鼻先を噛まれた猫」のような気分だ。
三島・来島連合は、大内勢に本陣を襲われ、這う這うの体で撤退していった。
それを見た味方は逸ったが、隆房は追うのを止めさせた。
三島水軍の船が、まるでこちらを誘うような奇妙な動きを見せたからだ。
(誘いに乗ってまたぞろ返り討ちに遭うようでは、味方の士気にかかわる)
(これは、勝ちを急ぐべきではない)
隆房はそのように判断したのだった。
それでも。
数の上で劣る敵に翻弄されるのは、やはり面白くはない。
それで、隆房はこのように苦々しい顔をしているのだ。
「殿。敵はかなり、船を減らしていると見受けられますが」
「うむ」
「ここは明朝、一気に仕掛けられては」
「いや」
隆房は手酌で酒を注ぐと、一気に喉に流し込んだ。
「あと一度だけ、あやつらに降伏の機会を与える」
「全く、殿はお優しいですな」
「優しいものか」
隆房は、だん、と音を立てて盃を置いた。
隆房にとってこの戦、何から何までいちいち気に入らない。
主君の命とは言え、和睦と引き換えに若い娘を人質に取ることも。
数に劣る三島水軍が、膝を屈しないことも。
同じ頃。
大三島側も、主だった将が集まって軍議が行われていた。
「……」
蝋燭の灯りが揺れる中、重苦しい空気が横たわっていた。
陣代を務めた越智安成は生死の境を彷徨い。
本陣はどうにか守り抜いたものの、三島・来島全体としては、相当の損害を被った。
その結果、元々少ない兵の数が、どうにもならないところまで減らされた。
どんなに希望を見出そうとしても。
この厳しい現実の前では、全てが絵空事としか思えなかった。
「方々、どうなさるつもりじゃ」
村上通康は重々しく口を開いた。
「来島は、どうするおつもりか」
安舎は逆に通康の意思を尋ねた。
「昨日言うた通りじゃ。勝ち筋の見えぬ戦いは出来ぬ」
通康は雄弁な溜息をつく。
「我が方もそれなりに損害を被った。これは戦の倣い故、それについてどうこう言うつもりはない。が、明日も同じ戦いが出来るかと言えば、それは難しかろう」
「……」
「陣代殿は、あの御様子ではもう戦には立てまい。またぞろ神の娘にご出座願うのか?儂はこの期に及んでそれは酷と思うがな」
「それは……」
安舎の顔が苦し気に歪む。
「三島勢が、この神なる島を枕に討ち死にしたければそれも良かろう。儂は止め立てはせぬ」
「!」
「だが、来島はそれに付き合うつもりはない」
通康はそう言い放つと、席を立った。
「通康殿!」
「通康殿、お待ち下され」
三島方の将は、口々に通康を引き止めにかかった。
通康は憐れむように彼らを見下した。そして、
「方々。最早、武運は尽きたのじゃ。後のことはお手前方でご相談されるのが宜しかろう」
静かな声音で拒絶すると、その場を立ち去って行った。
「……」
軍議の場は、更に重苦しくなった。
「来島に、見捨てられてしもうた……」
安舎は茫洋と呟いた。
「大祝様、我らはまだ、戦えまする」
安正は血を吐くように振り絞った。
「昨日、我が子安成が申した通り――我が方の勝機は、陶隆房の首ただひとつ。それを取りに行くことは、まだ出来まする」
「だが、安正殿。我が精鋭部隊が失敗したのじゃ。敵は警戒を深めよう」
「では、方々は降伏を選ぶおつもりか!」
安正は、言葉鋭く諸将に迫った。
「大三島は神の島。海の民の心ぞ!それを陸の者に明け渡すおつもりか!」
「……」
「それに、降伏すれば、我らの鶴姫様を連れていかれてしまうのだぞ!方々はそれでも良いのか!」
「――よくは、ない。よくはない。が――」
「我らは武家。戦で散るは誉。だが、島の者はどうなる」
「島に攻め込まれれば、男は殺され、女は酷い目に遭うだろう」
「我らはそれも防がねばならぬ」
神の島が、蹂躙されるその未来を。
夜が更けるまで、軍議は続けられた。
だが、遂に結論は出せないままだった。
翌朝。
陶隆房は、再び使者を送ってきた。
前回と同じ若武者だ。
「此度もお目通り願い、有難き幸せにござります」
使者は安舎に向けて深々と一礼した。
「早速でござりますが、我が総大将・陶隆房より預かりし口上をお伝え致します」
「うむ。聞こう」
安舎は青白い顔を使者に向けた。
「はっ、昨日の三島勢のお働きぶり、実にお見事。誠に感服したとのことにござりました」
「……」
「しかしながら、三島方も厳しい戦いを強いられているご様子。このまま戦を続けられても、百害あって一利なしと存じまする」
「!」
臨席した諸将が色めき立つ中、使者は涼しい顔をしたままだ。
「故に、大祝様におかれましては、今一度和睦についてお考え願えないかとの、我が総大将の言にござります」
「なに、和睦とな」
「はっ、条件は先だってと同じ。我が総大将は、どなた様のお命も戴くつもりはござりませぬ」
「むう……」
「ご返答や、如何に」
使者は、ずいと身を乗り出して、安舎に回答を迫った。
「……使者殿」
「はっ」
「考える時間を頂きたい」
「承知致しました。では、本日夕刻までお待ち致します」
「夕刻……」
「私がお返事を頂きに参上仕ります。よくよくお考え下され。なお――」
使者はここで、冷徹な瞳を安舎に向けた。
「これが、最終通告にござります。本日色よいお返事が頂けない場合は、我ら明朝総攻撃をかけることに相成ります。左様お心得あれ」




