35.激突
大内勢と三島・来島連合軍は、瀬戸内の海原で遂に激突した。
この状況を空から俯瞰したならば。
圧倒的な数を誇る大内の軍船に、三島と来島の旗を立てた舟たちがなすすべもなく囲まれるように見えたことであろう。
しかし、実際は違った。
三島・来島連合軍は、本陣に鉄壁の守りを敷いたまま、猛然と敵勢の真っただ中に躍り出たのだった。
「なんじゃ!敵本陣が突っ込んでくるぞ!」
「あいつら、恐ろしさのあまり気がおかしくなったのか!」
大内勢から戸惑いの声が上がる。
本陣とは軍勢の旗印。
それが危険を顧みず、敵の只中に突っ込んできているのだ。
「何をしている、迎え撃て!」
将の下知が、動揺する兵達を引き締める。
「敵は寡勢!ねじ伏せよ!」
「首は取り放題じゃ!手柄を挙げよ!」
兵達は口々に叫びながら、敵に矢の雨を降らせ始めた。
「ふん。そんなひょろひょろ矢で、神の軍勢を倒せるとでも思うたか!」
三島水軍の本陣から、挑発の声が飛ぶ。
「我は三島水軍の陣代を仰せつかった、越智安成である!お主らの大将と違って逃げも隠れも致さぬ!尋常に勝負せよ!」
安成は、軍船の先頭に立って大音声で名乗りを上げた。
「お主らのひょろひょろ矢の返礼じゃ!それ!」
安成がさっと軍配を翻すと、本陣を守る小早舟から次々と火矢が放たれた。
「うわ、火じゃ」
「落ち着け、この程度の火では燃えはせぬ」
「そうか。ではこれはどうじゃ」
安成が再び軍配を翻すと、今度は火のついた焙烙玉が投げ込まれる。
「甲板に火が付いたぞ!」
「何をしておる。さっさと消せ!」
大内の軍船で慌しく人が動く。
「それ!ぶちかませ!」
安成の大音声。
あろうことか。
三島の本陣が、体当たりしてきた。
がんっ!
当てられた大内勢の軍船が、大きく揺れた。
反動で、縁にいた兵が海に落ちる。
「うわ!」
「こやつら、やはり正気では――!」
「へへっ!正気かどうか、その身で確かめてみたらどうじゃ!」
「!」
振り向いた大内の兵の目が、驚愕に見開かれる。
「て、敵襲……」
「遅いわ!」
頭巾を被った三島の兵は、小太刀でその足を薙ぎ払った。
「ぎゃっ!」
足を切り払われた兵は、たまらずその場に崩れ落ちる。
「兄者!」
「おうよ!」
足軽と思しきこの二人は、甲板で散々暴れ回る。
但し、傷は負わせてもとどめを刺そうとはしない。
単純に戦える兵を減らす作戦に出たようだ。
「鶴丸。そろそろ頃合いじゃ」
「心得た」
二人は、追ってくる大内勢にあっかんべすると、ひょいと姿を消した。
「ご本陣は、思い切った策に出たのう」
治右衛門は、遥か彼方の戦況を横目に眺めつつ、まるで他人事のように呟いた。
「治右衛門。あれは長くは持たぬ。我らも急ぐぞ」
「無論じゃ」
「追い潮に乗るぞ。ついてこい」
「皆、遅れるな」
陶隆房を狙う別動隊は、声を掛け合いながらひたひたと移動を続ける。
彼らは一旦戦場を離脱し、大きく迂回して大内の本陣の背後に回ろうとしている。
潮を良く知る地の利を生かした作戦だ。
彼らに呼応するように。
大内勢の間隙をついて、来島の軍船が姿を見せた。
「陶殿!村上通康が罷り越した!尋常に勝負なされよ!」
大音声で呼ばわるのは、村上通康。
それを見た大内勢は、本陣の守りを固める。
皆、来島の旗に釘付けだ。
その時。
後ろへの警戒が、僅かに薄れた。
「今じゃ」
治右衛門たち精鋭部隊は、するすると敵本陣の船団の影に隠れた。
甲板から目視されない位置を巧みに選ぶと、何食わぬ顔で併走した。
「いくぞ」
「うむ」
精鋭部隊の侍たちは頷き合う。
作戦、開始だ。
陶隆房の首を、我が手に――!
大山祇神社の神前では。
此度も安舎が額に玉の汗を浮かべつつ、誠心誠意の祈りを捧げ。
鶴姫は己が戦と思い極めた、巫女舞を捧げていた。
(大山積様。海神様)
(我が三島の軍勢、此度も大内勢を打ち払わんとし、懸命の働きをしております)
(どうか、あなたのお力で以て、我らに勝利を)
そして。
神風を吹かせ。
どうか、神の言葉を、我に。
鶴姫は美しく舞い踊りながら、神からの言葉を待ち続けた。
前回の戦いと同じく。
己が神懸りとなりて。
奇跡を呼び起こすことを期待して――。
その頃。
三島の本陣は、大内勢の猛攻に晒されていた。
最初はただただ度肝を抜かれていた大内勢も、今では冷静さを取り戻していた。
何しろ、味方の軍勢は敵の倍以上の兵力だ。
定石を踏めば、負ける筈などないのだ。
「それ、囲め!逃がすな!」
「退路を断て!島に戻させるな!」
大内勢の数の暴力に、三島本陣を守る舟が、ひとつ、またひとつと力を失っていく。
「皆!まだまだこれからぞ!踏ん張れ!」
安成は必死に兵達を鼓舞し続けた。
「別動隊からの知らせはまだか!」
「はっ、未だ」
「……そうか」
安成は奥歯を噛み締める。
(頼む。急いでくれ)
がんっ
大内方の関船が、体当たりをしかけてきた。
「くっ!」
安成は両足を踏ん張って、何とか転倒を回避した。
「陣代様!もう無理です!撤退を!」
「ならぬ!」
「しかし!」
「我らが引けば、勝ち筋は消える!踏ん張れ!」
その時――。
安成の耳に、絶望の叫びがもたらされた。
「敵襲、敵襲――っ!」




