33.招かれざる客
そして。
招かれざる客は、遂にその姿を見せた。
大内の旗印も誇らしく。
それに、主だった武将の家紋を染め抜いた旗が華を添え。
正に、西の雄・大内氏の威勢を体現したような大船団だ。
「何という数の船じゃ」
沖に並んだ敵船を目の当たりにした安舎は、呻くような声を上げた。
「安舎殿。これは半分、脅しにござる」
蒼ざめる安舎とは対照的に、村上通康はふてぶてしく言い放った。
「脅し?」
「左様。まずは圧倒的兵力を見せつけ、こなたの戦意を萎えさせようとしているのでござる。それで、意気消沈した我らを戦わずして屈服させればしめたもの」
「なるほど」
「聞けば大内は、尼子に返り討ちにされて多くの兵を失った由。それ故のことでござろうよ」
歴戦の将は大内勢の意図を、ふん、と鼻で笑い飛ばしたものだ。
通康の予想した通り――。
ほどなくして、大内方は使者を送ってきた。
安舎は主だった将と共に、その使者と面会した。
「使者殿。話を聞こう」
「はっ!有難き幸せ」
大内の使者は若い面を引き締め、安舎に向けて頭を下げた。
(流石は大内殿の使者。こなたのような小勢力にも、礼を崩さぬ)
安舎は思わず目を細めた。
使者は、朗々とした声で、総大将・陶隆房より預かった口上を延べ伝えた。
大内勢は既に大三島を包囲しており、小舟ひとつ通さぬ態勢を整えていること。
即ち、大三島は今や我が大内勢の手中にある。
だが、こちらも無体なことをしたいわけではない。
そちらが降伏の意思さえ見せてくれれば、善処する用意はある。
(むう)
安舎は微かに眉を寄せた。
(やはり、通康殿の申した通りか)
「続きまして、和睦の条件にござります」
使者は更に声を張り上げた。
「まずは、三島水軍の武装解除。現大祝職の隠居。そして――」
使者は、一度言葉を切ると、意を決したように最後の条件を伝えた。
「大祝殿の御妹君、鶴姫殿を我が大内館にお招きすること!」
「!」
居合わせた一同は、思わず色めき立った。
「使者殿!今何と申した!」
「鶴姫様を、人質に出せ、だと?」
「それはありえぬ!」
抗議の声が上がる中、大内の使者は涼しい瞳を安舎に向けた。
「我が総大将・陶隆房より預かりし口上は、以上に御座ります。よくよくお考えの上、ご返答頂きたく」
「むう……」
「勝手ながら、返答の期限は明日巳の刻(午前10時頃)とさせて頂きます。それまでにご返答なき場合は、お覚悟召されよ」
使者の双眸が、ぎらりと光った。
評定の間は、水を打ったような静けさに包まれた。
使者は両手をついて、安舎の回答を待っている。
「――お申し出の儀、確かにお聞きしたと、陶殿にお伝え下され」
安舎は、やっとの思いで、そのことのみを回答した。
がん!
大内の使者が帰っていった後、評定の間に尋常ならざる音が響いた。
一同の視線が、そちらに集まる。
「……鶴姫殿を……人質に……だと……!」
押し殺した憤怒の声。
「左様な事、鶴姫殿に言えるわけがなかろう……!ありえぬ……これは、ありえぬ!」
「安成、大祝様の御前ぞ。控えよ!」
傍らに座る安正が、憤懣やるかたなしと言った風情の息子を窘めた。
「しかし、父上!これはあまりに!」
「わかっておる!父も同じ思いじゃ!」
「――っ」
安成は端正な顔を歪めて、横を向いた。
「安成殿。父御だけはない。我らも思いは同じ!」
「左様。神の娘たる姫様を、陸の者に差し出すなど言語道断!」
「ここは大内と一戦交え、我らが意地を示すべし!」
居合わせた諸将は、口々に安成に同意した。
「方々。待たれよ」
静かにして重々しい声が、皆を黙らせた。
村上通康だ。
「方々の申す事、いちいち尤も。なれど、これは戦でござる。勝機無き戦をするは、侍の分に非ず」
「……!」
「我が来島は、負け戦に加担するつもりは毛頭ござらぬ。しかし、僅かでも勝ち筋があるのであれば、話は別じゃ」
通康は、三島の諸将をぐるりと眺め、最後に安舎へと視線を移した。
「安舎殿。この戦、勝ち筋の有りや無しや。お考えをお聞かせ下され」
「……」
安舎はごくりと唾を呑んだ。
そして、助けを求めるように、安正・安成父子に視線を送る。
それを受けて、通康は今度は安成に迫った。
「陣代殿。この戦、勝ち筋の有りや無しや」
安成は、一度瞳を閉じ。
そして、大きく深く呼吸をした。
「この戦の勝ち筋とは……」
安成は、面を引き締めて通康に相対した。
「総大将・陶隆房の首を取ること。それのみにござります」
大胆にも、きっぱりと言い切ったものだ。
「ほう」
通康の目が、少し大きくなった。
そして、その唇に不敵な笑みが浮かぶ。
「陣代殿は、お若い割になかなか肝が据わってござる」
「畏れ入ります」
「では方々。それを成すべく、方策を考えると致そうか」
評定は、そのまま軍議へと移行した。
白熱した議論は、夜が更けるまで続いた。
全ては、僅かなる勝利を引き寄せるために。




