表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
26/49

25.神託

 (よし、食いついた)

 鶴丸は、迫りくる大内の船団を前に、悠然(ゆうぜん)と笑った。

 「皆、逃げるぞ。向き先はあちらの入り江じゃ」

 鶴丸は、右後方を薙刀(なぎなた)で指し示した。

 「はっ!」

 「そなたらは、弓で以て敵を牽制せよ!」

 「はっ!」


 鶴丸は、三島明神の旗を引き抜くと、味方に向けて大きく振った。

 (安正(やすまさ)様!後はお任せしましたぞ!)


 「安正殿!姫様からの合図です!」

 「よし!左方の敵前線が崩れた!総攻めにかかれ!」

 状況を見守っていた若衆(わかしゅう)からの報告に、安正は力強く下知を飛ばした。

 「はっ!」

 

 本陣から勇壮な攻め太鼓が絶え間なく響く中。

 「それ、攻め時じゃ!」

 「かかれええええ!」

 三島水軍は、水を得た魚のように猛然と襲い掛かった。

 「鶴姫様の捨て身の業を、無駄にするでない!」

 「方々、必ず手柄をお上げなされよ!」

 使番(つかいばん)は各隊をそんな言葉で鼓舞して回った。


 逃げる鶴丸。

 追う大内勢。

 鶴丸は、飛んでくる矢を薙刀で払いつつ、ちらりと周囲に目をやる。

 この舟の護衛に当たっているのは、五隻の小早舟。

 うち一隻は、無断で合流してきた治右衛門の舟だ。

 追ってくる大内勢は、10、いや、20ほどか。

 しかも、小早舟だけではなく、それより大きな関船(せきぶね)も混ざっている。

 (なんとか、あの手前まで頑張ってくれ)

 入り江には、味方の伏兵が手ぐすね引いて待っている。


 その時。

 突然、左側に船影が現れた。

 (くっ……新手か)

 鶴丸は厳しい視線をそちらへと巡らす。

 その目に飛び込んできたのは、来島(くるしま)村上氏の旗印。

 村上通康(むらかみみちやす)の船だ。

 「ははは、これは鶴姫殿!逃げ足も中々でござるな!」

 快活な声が、その船上から聞こえてきた。

 「通康殿!」

 「鶴姫殿!先ほどの捨て身の一幕、この通康、深く感じ入った!」

 通康は、槍を肩に担ぎ上げると、不敵な笑みを浮かべた。

 「良いものを見せて貰った故、ご助勢致す!あの手柄に(はや)った奴ばら、我らが引き受けた!」

 通康の船は、鶴丸の返事を待たずして大内方の船団の只中に突撃した。

 「それ、こやつら、一(そう)とて生きて返すな!殲滅(せんめつ)せよ!」

 通康の口から、実に恐ろしい下知が飛んだ。


 「……」

 鶴丸は、大内の船が来島水軍に食われる様を、茫然(ぼうぜん)と眺めていた。

 (助かった……のか)

 そのことに思い至った途端。

 鶴丸の足が、ガタガタと大きく震えた。

 「陣代様!」

 側近の若武者が、慌ててその身体を支えようとした。

 (いかぬ)

 鶴丸は、なんとか薙刀で身体を支えると、若武者を手で制した。

 「大事ない。少々気が抜けただけじゃ」

 そんな言い訳を、零しながら。

 

 

 

 その頃。

 大山祇(おおやまづみ)神社の神前には、安舎(やすおく)と鶴姫の姿があった。

 安舎は大祝(おおほうり)職の束帯(そくたい)姿。

 鶴姫は、巫女装束だ。


 最初の攻め太鼓が海を包んだその時から――。

 この兄妹は、神と相対して一心に祈りを捧げていた。

 安舎は祝詞(のりと)で三島水軍の勝利を願い。

 鶴姫は舞を捧げて神の御心を慰めた。


 (我は女という理由だけで、戦に出ること叶わなんだ)

 (ならば、皆のために我に出来ることは、神前にて舞を捧げるのみ)

 (鶴丸。聞こえておるか。これが我の戦じゃ)

 

 神よ。

 大山積(おおやまつみ)の神よ。

 どうか我が兄に。

 そして、三島の軍勢に。

 あなたの御加護があらんことを――。


 ちりん、ちりん。

 鶴姫の動きに合わせ、巫女鈴が鳴る。

 その鈴の音は、次第に鶴姫の心を神へと近づける。

 身体は神の望むままに動き。

 意識は、本来彼女が立ちたかった場所へと。


 ここは。

 瀬戸内の海。

 多くの船が行き過ぎ、ぶつかり合い。

 そして、舟では多くの侍が、命のやり取りをしている。

 

 ――戦場?

 なぜ、我は、ここに――?


 次に鶴姫が舞い降りたのは、三島水軍の本陣。

 自らと瓜二つの少女が雄々しくそこにある。


 あれは。

 鶴丸――か?


 ちりん。

 ちりん。

 鈴の音が、二つ。

 鶴姫のそれと。

 鶴丸のそれ。


 ――神の娘よ。

 鶴姫の耳元で、神が(ささや)く。

 潮が、変わる。

 風が、変わる。

 そなたの片割れに、()く伝えよ――。

 

 「つる、まる」

 鶴姫の唇から、不思議な声音が(こぼ)れた。

 「しおが、かわる。かぜが、かわる……」

 

 「――お鶴?」

 妹の異変に、安舎は思わず振り向いた。

 

 「かみの、すてしこよ、かみの、むすめに、わが、ことばを、たくす……」

 鶴姫は、両手を天に突き出したまま、その場をくるくると回っていた。

 「つる、まる……せめ、どき、じゃ……いまこそ、かみの、わざを、そなた、に」

 

 その言葉を言い終えると。

 鶴姫は、はたりとその場に崩れ落ちた。


 「お鶴!」

 安舎は、慌てて鶴姫を抱き起した。

 「誰かある!薬師(くすし)を!――それから、本陣へ使者を!」

 「はっ!」

 廊下の外で、慌しい足音が聞こえた。


 

 『つるまるー!』


 「えっ?」

 鶴丸は、きょろきょろと辺りを見回した。

 「姫様。如何されましたか?」

 「あ、いや――何でもない」

 鶴丸は、小さく咳払いをして誤魔化した。

 (お鶴の声がしたと思うたが――考えてみれば、ここに来るはずはない、な)

 (やはり、ちと疲れたようじゃ)

 鶴丸は、トントンと拳で己の額を叩いた。


 彼がそう思うのも無理はない。

 小早舟で大内勢を盛大に挑発に出掛け。

 その結果、結構な数の船に追い回され。

 その敵を来島水軍が引き受けてくれたお陰で、やっと本陣に戻って来たばかりだ。


 ちりん。

 鎧につけた、巫女鈴が鳴る。

 『つるまる、つるまる』

 再び、鶴姫の声が聞こえてきた。

 (お鶴?いるのか?)

 『わからぬ』

 (なんじゃそれは)

 『つるまる。神からの言伝(ことづて)じゃ。聞いてたもれ』

 (えっ)

 『潮目が変わる』

 『風も変わる』

 『今が、攻め時ぞ』


 ちりん。

 

 そこで、鶴姫の声は、消えた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ