24.戦況、芳しからず
(どうやら、思ったように事が運んでいないようじゃな)
安正の反応から、鶴丸はそのように考えた。
「安正殿。我が方の作戦は、敵の隊列を乱れさせて塊を解いて個別に叩くと聞きましたが」
「はい。そのために来島勢があのように敵方に対して挑発を繰り返しております」
「で、怒った敵が追いかけてくればしめたもの、ということですね?」
「はい。さすればこなたの島影に隠した兵が脇を襲うことも叶いましょう」
「だが、敵は誘いに乗ってくれぬ――?」
「流石は大内勢と言いますか、まこと統率の取れた良き軍勢にござります」
安正は、そんな言葉で敵を認めたものだ。
「なるほどのう」
鶴丸は、細い息を吐いた。
(挑発のみでは、敵は動かぬ、か)
とんとんと、握り拳で額を叩く。
ちりん。
鶴姫がつけてくれた、巫女鈴が鳴った。
「あ」
その刹那。
妙案が、降ってきた。
それは、実に簡単かつ明快な「答え」
統率の取れた優れた軍勢であっても。
思わず食いつきたくなるような、極上の「餌」を撒けばよいのだ。
鶴丸は、やにわに立ち上がった。
居合わせた諸将の視線が、鶴丸に集中する。
鶴丸は、大きく息を吸い込むと、力強く宣言した。
「これより、このお鶴が前線に立つ!急ぎ小早舟を用意致せ!」
「なっ……」
「なんですと!」
「姫様!お止め下さい!」
「そうです!大切な御身にもしものことがあらば、我ら一同腹掻っ捌いて詫びても到底足りませぬぞ!」
諸将は口々に反対した。
「もとより、危険は承知!ただ座しておるだけでは、何も変わらぬ!」
鶴丸はぴしゃりとそれを撥ねつけた。
「し、しかし、鶴姫様――」
「挑発だけでは敵が動かぬ。ならば、動くようにしてくるだけじゃ」
「お気持ちはお察し致しますが、あまりにも無謀でござる」
「大丈夫じゃ。我を誰と思うておる」
鶴丸は、諸将をぐるりと見渡すと、悠然と微笑んだ。
「我は神の娘。必ずや三島大明神がお守り下さるであろう」
「姫様――っ!」
「皆の者。これは神意である!」
「――ははっ」
「鶴姫」の力強い言葉に、一同はただ頭を下げた。
他ならぬ大祝家の娘に「神意」を持ち出されては、最早誰も反論できなかった。
鶴丸は、己が乗る舟を出来るだけ派手に飾らせた。
即ち、三島水軍の旗を何本も掲げ、船尾には三島大明神の旗をたなびかせ。
他にも、かき集めた色とりどりの布をあちこちに配置した。
「姫様。お申し付けの通り、三島随一の漕ぎ手を連れて参りました」
安正の背後に傅いたのは、屈強の水夫たち。
「うむ。そなたら、難しい役目ではあるが宜しく頼む」
「ははっ!精一杯務めまする!」
水夫たちは武骨な顔を紅潮させた。
神の娘の舟を漕ぐ。
その思いがけない名誉に、彼らの心は打ち震えていた。
やがて、鶴丸を乗せた小早舟は、護衛の舟を引き連れて、ゆるゆると前線へと進んでいった。
まずは、敵にこの派手な小舟を認識させてやるところからだ。
すい。
左の方から、足軽のものと思しき小早舟が近づいてきた。
鶴丸は何気なくそちらを見る。
(あっ)
舟の主の姿を認めた鶴丸は、上げかけた声をどうにか飲み込んだ。
(親父!兄者!)
治右衛門と目が合う。
歴戦の猛者である育ての父は、ただ力強く頷いて見せ。
その息子である兄は、白い歯を見せて笑った。
「鶴丸。儂らがついておるぞ!」
「鶴丸。思う存分働くが良い!」
鶴丸の家族は、無言ながら息子の、そして弟の背を力強く押してくれている。
「……」
鶴丸は、拳をぎゅっと握りしめた。
そして、父と兄に向けて、小さく頷いた。
(親父。兄者。見ていてくれ)
俺は必ず、この戦況を動かして見せるから――。
どん、どん、どん。
何処からか、重々しい太鼓の音が聞こえてきた。
攻め太鼓でもなく。
引き太鼓でもなく。
それはまるで、神事が行われる前に鳴らされる、厳かなる太鼓の音。
「これは、妙な」
「一体、何事じゃ」
大内の軍勢は、皆顔を見合わせて首を捻り合った。
「おい!あれを見よ!」
不意に、誰かが緊迫した声を上げた。
「あれじゃ!あの小早舟じゃ!」
兵が指さしたその先には――。
色とりどりの布で飾られ。
三島水軍の旗も勇ましく。
そして、三島明神の御旗を最後尾に高々と掲げ――。
その舳先には、世にも美しい女武者が艶やかな笑みと共に立っていた。
「女じゃ!」
「女子が来たぞ!」
大内の兵は、わっ、と沸き立った。
「三島の奴ばら、女を立てて命乞いか?」
「可愛がってやる故、こっちに来い!」
彼らは、若い娘に聞かせるには酷な言葉さえ交えて、やんややんやと囃し立てたものだ。
(やれやれ。存外品のない奴等じゃ。お鶴であれば、顔を真っ赤にしてぷりぷりになっておるところであろう)
鶴丸は内心溜息をつく。
(さて。では、始めるか)
鶴丸は、薙刀の石突で「どん!」と甲板をついて大きな音を立てた。
その瞬間。
全ての喧騒が、止まった。
「大内の雑魚どもよ!我は大祝安用が娘・鶴である!此度、三島大明神の神意により、我が軍勢の陣代を仰せつかった者じゃ!」
鶴丸が大音声で呼ばわると、大内勢の反応が明らかに変わった。
「陣代、じゃと?」
「この女がか?」
ざわめきの中、鶴丸は更に声を張り上げる。
「そなたらのひょろひょろ矢が退屈故、こうして出て来てやった!西国一の軍勢と聞いていたが、どうやら腰抜け揃いのようじゃな!」
「な、なに?」
「これだけの舟を揃えながら、我ら如き弱小勢力相手に攻めあぐねておるは、何よりの証拠!」
「ぐ、ぐぬ」
「おのれ、この小娘!言わせておけば!」
「ふん。我が申したことは、事実じゃ」
鶴丸は、いきり立つ大内勢を鼻で笑い飛ばした。
「悔しければ、我が首取って見よ!ほれ、我はここにおるぞ!どうした!かかって参れ!」
「こ、この……っ!」
「い、いや、待て。落ち着け。陣代とは、敵の総大将……」
「その首を取れば、大手柄間違いなし!」
「しかも、あのバカ娘、かような派手で小さき船で来よった!」
「これは、神があの首を取れと申しておるのじゃ!」
この状況。
多くの兵を束ねる将であれば、このあまりにもあからさまな挑発に、
「これは、何かある」
と、引っかかりを覚えて慎重にもなれよう。
だが。
手柄を欲している下っ端共は、このまたとない極上の「餌」に食いついた。
「それ、舟を囲め!」
「あの女の首を取れ!」
「その前に、ひっ捕らえて存分に可愛がってやろうぞ!」
これまで規律を保っていた大内勢が、いともたやすく、自らその縛めを引きちぎったのだ。




