22.もうひとりの鶴姫
鶴丸は、鶴姫の手によって次第次第に「女」になっていった。
巫女装束さながらの戦装束。
白い小袖。
小袴は鮮やかな朱色に金の梅の花が可憐に彩られ。
よく見れば、小袖も銀糸で同じ模様が描かれているのが見て取れる。
「15になった折、父に無理を言って拵えてもらったものじゃ」
鶴姫は、この戦装束の由来を教えてくれた。
「万が一、この社に敵が及んだ時、戦うことが出来るようにと思うてな」
「まこと、お鶴はじゃじゃ馬な女子じゃ」
「ふん。何とでも申せ」
鶴姫は、いつもの顔で笑った。
「まさかに、これを鶴丸が身につけることになるとは思わなんだが。思うてみれば、神は周到に準備されてきたのやも知れぬ」
「お鶴はやはり、神に仕える女子なのだな。俺なんぞ到底そこまでは思い至らぬわ」
「左様か。まあ、こんなところで育てば、嫌でも神の思し召しについてを考えざるを得ぬ故かもしれぬな」
鶴姫は、まるで「あらたな発見をした」と言うように頷いた。
佩楯をつけたところで、鶴姫は鶴丸を床几に座らせた。
「鶴丸。先に、化粧を済ませよう。色々身につけすぎるとやりにくくなる」
「わかった」
鶴丸は小さく頷くと、妹の指示に従った。
「俺は、化粧をするのは初めてなのだ」
「そうか。男も戦化粧をすると聞いたことがあるが」
「傾奇いた連中は白塗りもしようが、俺は頭巾を被ってしまう故」
「確かにそれでは、化粧をしても無駄じゃな」
「うむ」
「此度は女の化粧故、しっかりと白塗りするぞ」
「心得た」
鏡の中の鶴丸は、目を開ける度に変化した。
首までしっかりと真白に塗られ。
筆で眉を描かれ。
目尻には丹。
頬を淡く赤色に染め。
そして、唇には鮮やかな紅。
(これは――)
鶴丸は、瞠目する。
鏡に映ったその顔は、まさに鶴姫そのものだ。
「おお……まるで、我を見ているようじゃ」
鶴姫は、感嘆の声を上げた。
「……」
鶴丸は言葉もなくただ鏡を見つめている。
「ふふ。まこと美しいぞ、鶴丸」
「よせ」
茶化す鶴姫に、鶴丸はほんの少し嫌な顔をした。
やがて、鶴丸は美しい姫将軍然とした女武者に変容した。
身につける甲冑は、出来るだけ軽いものを用意してもらっていた。
出来るだけ機動力を邪魔せぬ装備にしたかったからだ。
「鶴丸。どうしてじゃ」
「いざとなった時に、逃げやすいようにじゃ」
鶴姫の疑問に、鶴丸はそんな軽口で応えた。
(甲冑はこれで良いとして――問題は、得物じゃな)
此度鶴丸に与えられた「役」は、女陣代。
となれば、手にする武器はやはり薙刀であろう。
(あまり使ったことがないが、致し方あるまい)
鶴丸は小さく溜息をついた。
「鶴丸。これを、身につけてたもれ」
見ると、鶴姫のたおやかな手には、鈴が握られている。
「それは?」
「我が神事で使っている、巫女鈴じゃ」
鶴姫は、鈴の紐を鶴丸の甲冑に括りつけた。
「鶴丸。我が触れた者は、戦で傷を負わぬと噂されてきた。だが、兄は命を落とした。確かに傷はなかったがの」
「……」
「故に、鶴丸には鈴をつけた。我が巫女となってからこのかた、神と共に歩んだ鈴じゃ。必ず鶴丸を守ってくれよう」
鶴姫の手が、鶴丸の右手をぎゅっと掴んだ。
「鶴丸。我は見送りにさえ行けぬが――我が心は、そなたと共にある」
「お鶴。その思い、有難く受け取った」
鶴丸は、妹の手の上に己の手を添えた。
「鶴丸!武運を祈る!」
大山祇神社の出陣式に、美しい一羽の鶴が舞い降りた。
「おお……」
「これは……」
居合わせた男衆は、その神々しいまでの美しさに、一様に言葉を失った。
肩先でふつりと切られた黒髪。
額には鉢金を設えた真白の鉢巻。
艶やかな化粧。
そして、勇ましい甲冑姿。
そこからのぞく、朱の小袴。
ちりん、ちりん。
彼女が歩く度に、鈴の音が響く。
まるで戦に赴く者たちに、最後の浄めを与えるかのように。
「むう」
安用は我知らず小さく唸り声を上げていた。
(まさかに、ここまで鏡写しになるとは)
正に今、己の目の前の床几に腰掛けたその者は、どこから見ても愛娘そのもの。
(まさかに、お鶴が我儘を申して入れ替わったのではあるまいな?)
そんな疑念が、彼の奥底から頭をもたげてくる。
(否――)
安用は、慌ててそれを打ち消した。
(鶴丸のあの様子であれば、決してそのようなことは赦すまいよ)
それが見て取れたからこそ、鶴姫に支度を手伝わせたのだから。
「大祝様。お待たせして申し訳ありません」
落ち着いた声音で、「鶴姫」が口を開いた。
その声。
確かに鶴姫の声に似ているが、平素のそれよりも僅かに低い。
(やはり、鶴丸か)
安用はほっと胸を撫で下ろした。
「神を戴きし家の娘よ」
安用は威厳を持って、「鶴姫」に語り掛けた。
「此度、女の身でありながら、神命によりそなたを陣代に任ずることと相成った。これは、三島大明神、そして海神の思し召しである!」
「ははっ」
「そなたの背後に控えし神の軍勢と共に、見事大内の奴ばらを蹴散らして参れ!」
「はっ、神の御加護あらば、必ずや成し遂げてご覧に入れましょう」
おおっ――!
力強い女陣代の言葉に、一同大いに沸き立った。
いざ、出陣だ!




