16.開戦
遥かなる海原には、大内の旗を翻した船団が浮かんでいた。
大型の安宅船と、その周りに控える関船が威風堂々とした姿を見せている。
「ほう、流石は大内。船も豪勢じゃの」
「じゃが、足の速さは儂らが上じゃ」
三島水軍の船は、陣代・大祝安房が乗る本陣を守るように、ゆっくりと沖へと滑り出した。
「ほんじゃ、お手並み拝見といこうかの」
「心得た」
足軽が乗る小早舟が、すいすいと先陣を切る。
「焙烙よーうい」
「焙烙よーうい」
指示された足軽は、焙烙玉に火をかける。
大内方からは、矢の雨が降ってくる。
三島水軍の小早舟は、それを盾で防ぎながらするすると敵の関船へと近づいていく。
「まだじゃまだじゃ、焦るな」
「もう熱くて持てぬぞ」
「早く火をかけすぎじゃ、未熟者め」
「うるさい!」
「仕方ない。投げてしまえ」
「よしきた」
足軽は、全身をまるで竹のようにしならせて、焙烙玉を投げつけた。
目指すは、敵船の甲板だ。
「どうだ」
「よく見えぬな」
「火の手が上がるまで続けて投げよ」
「心得た」
足軽達は、ぽいぽいと焙烙玉を投げ続けた。
「うわ、火じゃ」
「何をしておる!早く消せ!」
敵船から緊迫した声が上がった。
「お、火が付いたか」
「後はあいつらに任せて、まずは補給じゃ」
「おうよ」
焙烙玉を放出した小早舟は、さっさとその場を離脱。
入れ替わりに現れたのは、如何にも荒くれた侍たちを乗せた小早舟だ。
「それ、乗りこむぞ!援護せえ!」
「よしきた」
彼らは関船に鈎爪を引っかけ、するすると綱伝いに移動する。
舟に残った者たちは、火矢で味方を援護する。
やがて、関船の甲板で、激しい命の取り合いが始まった。
「どりゃああ!」
「せやああ!」
「ひいっ!」
「怯むな!こやつら海に落とせ!」
「はあ?陸のもんが何を偉そうに!覚悟せええ!」
三島水軍の兵達は、猛然と敵に向かって刃を閃かせた。
「皆の者!相手は小勢!取り囲め!」
「バカめ!小勢には小勢の戦い方があるというものじゃ!」
飛び交う怒号。
鋼同士がぶつかり合う音。
そして、断末魔。
太郎次と鶴丸は、後方から味方が戦う様子を眺めていた。
此度の戦、二人は後方支援に回されたのだ。
「ちっ、どうして俺たちが、こんな地味な役をせねばならんのじゃ」
太郎次は不満たらたらだったが、
「まあまあ兄者。兵站が整わねば戦は成り立たぬ。しっかり役目を果たそうぞ」
鶴丸は、そんな言葉で兄を慰めた。
「鶴丸。お前は悔しくないのか」
「そりゃあ悔しいが、言うたところで始まらぬ」
「はあ……」
太郎次は盛大に溜息をついた。
確かに、ここで文句を言ったところで、仕方ないのだ。
やがて、二人が操る荷船に味方の小早舟が近づいてきた。
「どうじゃ。我が方有利か」
「いや、なかなか難儀な戦じゃ。流石は大内の警固衆。やはり侮れぬわ」
話を向けられた足軽は、難しい顔で首を振った。
「そうか」
太郎次は同じような顔をして小さく頷いた。
「まあ、地の利は当方に在り。それに、我らには三島大明神がついておられるし、全く負ける気はせぬがの」
足軽は不敵な笑みを浮かべた。
その時。
ひゅうっ、と大きな風が吹いた。
「なんじゃ」
振り向くと、そこには来島村上氏の旗を立てた船団の姿。
「おお、来島じゃ!」
「やっと来てくれたか!」
「兄者、これで戦況が大きく変わるな!」
足軽も、太郎次も、鶴丸も。
力強い援軍を前に、否が応でも気分が高揚する。
「よし、こうしてはいられぬ。さ、早う焙烙玉をくれ」
「心得た」
鶴丸は、焙烙玉を足軽の船にてきぱきと詰め込んだ。
「そうじゃ。何か食うものはあるか」
「干した肉ならあるが、それでよいか」
「おお、それは何よりじゃ」
足軽は、鶴丸が手渡した干し肉を咥えると、
「よし、もうひと暴れして参る!」
力強い言葉を残し、再び前線へと漕ぎ出していった。
「鶴丸。俺達も、忙しくなりそうじゃな」
「兄者。こちらもそろそろ補給に戻らねば心許ないぞ」
「ん?」
見れば、沢山積み込んで来た筈の焙烙玉が、早や数えられるほどに減っている。
「あっ……本当じゃ。では、一旦戻るか」
「うむ」
兄弟は頷き合うと、一旦浜へと戻って行った。
必要な物資を積めるだけ積んだら、再び海に漕ぎ出す――。
つもり、だった。
異変が起きたのは、彼らが戦小屋で短い休憩を取っていた時のことだった。
どどどどどど。
海の方から、さざ波のような引き太鼓の音が聞こえてきた。
攻め太鼓が出陣の合図なら、引き太鼓は撤退の合図。
つまりは、戦の終了の合図だ。
「……あの状況で引くとは解せぬな」
太郎次は干し肉を齧りながら首を捻る。
戦況を考えれば、来島村上氏の援軍を得て、当方は勇気百倍。
ますます勇んで大内勢に対峙し、勢いを得られれば攻めに転じても良い筈だ。
「兄者。早や決着がついたのであろうか」
「いや――いくらなんでも早すぎるのではあるまいか」
「それもそうか。では、どうしたのであろうか」
「俺にもわからぬ」
「ともかくも、海を見に行くか」
「そうじゃな」
二人は、その答えを求め、干し肉を片手に外に出る。
太郎次と鶴丸は、沖の船団へと目を凝らす。
大内、三島、そして来島の旗を掲げた舟が入り乱れる中。
三島水軍の本陣は、大内勢の船から何とか遠ざかろうとしていた。
ただ。
味方の様子は、明らかに普通ではなかった。
遠目からも、味方が混乱し、慌てふためいている様が見て取れたのだ。
「兄者。あれは――」
「もしや、剣呑なことが起きたのやも知れぬ」
兄弟は茫洋と呟いた。
状況は全くわからぬが、何とはなしに嫌な感じがしたのだ。
逃げる三島。
追う大内。
その間に、来島の船団がすっ、と割って入った。
すると、大内は追うのを諦めた。
深追いは危険と判断したのか。
それとも、来島勢と直接やりあう気がなかったのか。
そして。
「えい、えい、おう!」
大内の船団から、勝鬨が上がった。
「――っ」
太郎次と鶴丸の顔が歪む。
今日の戦。
三島水軍は、敗北したのだ。




