12.頭巾
鶴姫と鶴丸の交流は、この後も続いた。
初めは嫌々だった鶴丸も、回数を重ねるうちにそんな気持ちも落ち着いてきた。
ひとつには、鶴姫の言動に慣れてきたこと。
もうひとつには、鶴姫の人となりがわかってきたこと。
そして、最大の理由は、鶴姫の扱い方がだんだんわかってきたことであろう。
(この方は、純粋すぎるほど純粋で、己が思いに真直ぐな方なのだ)
つい先日まで、存在すら知らなくても。
血が繋がってるというその一点だけで、鶴丸を兄と受容出来る純粋さ。
(――俺には難しいことを、鶴姫様は楽々と飛び越えて来られる)
鶴丸には、そんな鶴姫が眩しかった。
まさに、空から地上を照らす、あの太陽のように。
「そういえば鶴丸。そなた、常に頭巾を被っておるが、幼き頃は嫌ではなかったのか?」
今日の鶴姫は、唐突に鶴丸の頭巾に興味を示した。
「嫌ではありませんでした」
鶴丸が即答すると、
「何故じゃ。周りは被っておらぬのに、何故己だけとは思わなんだのか?」
鶴姫は不思議そうに小首を傾げた。
(参ったな)
鶴丸は、ぽりぽりと頭を掻いて、そっぽを向いた。
己と同じ顔ながら。
鶴姫のこの仕草は、可愛いと認めざるを得ない。
(俺が同じことをしても、こうはなるまい)
(これが、男子と女子との違いであろうか)
鶴丸は、そんなにべにもないことを考えている。
「鶴丸。どうしたのじゃ?もしやして、言いにくいことか?」
鶴姫の声音が、鶴丸を気遣うものに変化した。
鶴丸は、ちらりと鶴姫をみやる。
鶴姫は、微かに眉根を寄せて、鶴丸の言葉を待っていた。
「いいえ。そうではありません」
「そうか」
穏やかに返すと、鶴姫はほっとしたように表情をやわらげた。
「俺が頭巾を被り始めたのは、まだ本当に小さい時で」
鶴丸は、訥々と語り始めた。
「四つになった頃だったと思うのですが、回りの子供は皆素顔だということにやっと気が付いて――それで、親に聞いたのだと思います。何故俺だけ頭巾を被っているのかと」
「ふむ。さもあろうな」
「そうしたら、我が父は何と言ったと思います?」
「わからぬ。治右衛門は、何と申したのじゃ」
「海神は、顔の奇麗な子を見つけると、傍に置きたくて海の底の御国に連れて行くのじゃと申しました」
「何と……」
「鶴丸、お前は奇麗な子故、頭巾を被っておかねば海神に連れて行かれてしまうぞ、と、こんな顔をして俺を脅したのです」
鶴丸は、いかつく顔をしかめて見せた。
「ぷっ」
その顔を見た鶴姫は、思わず噴き出した。
「あはは、鶴丸。それは、まことか」
「まことです」
「で、幼き鶴丸は震え上がったのじゃな」
「はい。俺はその言葉を信じて、必死で頭巾を被り続けました。いくら神の思し召しでも、海に引きずり込まれるなんて真っ平御免と思いまして」
「さもあろうのう。左様なことをされれば、死んでしまう故な」
「はい。まことに恐ろしき話です」
「まさにまさに。我も幼き頃に同じことを言われたら、頭から布団を被って震えておるところじゃ」
鶴姫は「あはは」と声を立てて笑った。
「左様なわけで、最初は父の脅しから始まったようなものなのですが、日毎日毎に身につけているうちに、これを被っていないと落ち着かなくなりまして」
「ほう。習慣化したということか」
「はい。これがないと、まるで裸で歩いているような気分になると言いますか」
「それは大変じゃな」
「でも、結果的にはそれで良かったのだと思います」
「――そうじゃな。その顔を余人に見られたら、却って困った事態になったやも知れぬしな」
「はい」
「済まぬな。そなたには要らぬ負担をかけておる」
鶴姫は、ぽつんと呟いた。
「そんな……鶴姫様のせいではございません」
鶴丸は即座に否定した。
「我のせいでなくとも、これは不公平じゃ」
「しかし、今更どうなるものでもありません」
「それはそうかも知れぬが」
「鶴姫様。それに、俺はさほどに悲観はしておりませぬ」
「そうなのか?」
「はい」
「何故じゃ。申せ」
「幸いにして、俺は男で、姫様は女子です」
「うむ」
「今は鏡写しでも、大人になれば男と女では風体が変わってきます。故に、そのうち姫様と俺は他人の空似と言い張れるようになるのではないかと」
男は精悍にして逞しく。
女は優美でたおやかに。
「それに、大人ともなれば、俺も髭を生やすことになりましょう」
鶴丸は、冗談めかして指で口髭を表現した。
「何と。そなた、その顔で髭を?」
鶴姫は、目を丸くした。
「髭は成年男子の証。生やさねば何を言われるか知れたものではありませぬ」
「それは承知しておるが……その顔に髭とは、まるで我が髭を生やしたようで、気味が悪いぞ」
鶴姫は、自らの口元に指を立てて見せた。
「ぷっ」
その愛らしい仕草に、鶴丸は思わず噴き出した。
「あはは、姫様にはどうでも似合いませぬな」
「何を申す。そなたも同じ顔ではないか」
「では、お互い似合わぬということで」
「似合わずとも髭を生やさねばならぬとは、男というものは難儀なことじゃ」
鶴姫は大袈裟に溜息をついて見せたものだ。




