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7話 伯爵自らの救出劇

 暗闇の向こうから、低く濁った男たちの話し声が聞こえた。


(ここは……?)


 重いまぶたを必死にこじ開けると、そこは見知らぬ深い森の中だった。

 木々の隙間から差し込む光は弱く、あたりはうっそうとした不気味な影に包まれている。

 手首に荒い縄が固く巻き付けられていることに気づいて、私は息を恐怖で呑んだ。


「ほら、見ろ。やはり本物だ」


 月明かりの下、二人の男が冷酷な目で私の顔を覗き込んでいた。

 その下卑た視線は、まっすぐに私の左頬の呪痕へと向けられている。


「間違いない。あの壊滅した魔術師一味の、秘奥のすべてが刻まれた『呪痕』だ」


「これを解析して復元すれば……我々の手に、計り知れない強大な魔力が入るぞ」


 二人の男は、どす黒い欲望を隠そうともせず興奮した様子で囁き合っている。


(呪痕を……復元する……?)


 背筋が凍りつくような恐怖が駆け抜けた。

 私の人生を狂わせ、誰からも忌み嫌われてきたあの忌まわしい呪い。

 それを、目の前の男達は「強大な力の源」として狙っていたのだ。


「さあ馬車に乗せろ、急ぐぞ」


 男の一人が、私の腕を強引に掴もうとむき出しの手を伸ばした。


 ——ヒュッ!


 その瞬間、鋭く空気を切り裂く音が響いた。

 男の爪先をかすめて、短剣が地面に突き刺さる。


「……気安く触れるな」


 地響きを思わせるような、凍てついた低い声。

 男達が驚愕して振り返った先に、流れる銀の髪を激しく乱した一人の男が立っていた。


「サイラス様……!」


 いつも端整で完璧な彼が、息を乱している。

 その青い瞳は、いつもの感情を失った氷の仮面とは違っていた。

 そこには、焼き尽くすような底知れない怒りの炎が宿っている。


「な、なぜここが……! 完全に痕跡を消して移動したはずだぞ……っ!?」


「君たちが心配する必要のないことだ」


 サイラス様はそれだけ告げると、すらりと音を立てて長剣を抜いた。

 白刃が月光を浴びて、恐ろしいほど美しく煌めく。


「エリシア、目を閉じていろ」


「っ……は、はい……!」


 私は言われるがまま、ギュッと目を閉じた。

 直後、静寂を破る激しい剣戟の音と、肉を裂く鈍い音が響き渡る。

 男達の短い悲鳴が上がったかと思うと、すぐに森は元の静けさを取り戻した。


「……もう、終わった」


 ふわりと、彼の纏う冷たい冬の空気のような匂いが近づき、すぐそばで声がした。

 おずおずと目を開けると、サイラスが私の前に膝を突き、手際よく縄を解いてくれているところだった。


「怪我は」


「……ありません。でも、どうしてここが分かったのですか……?」


「ネックレスだ」


 サイラス様は、私の首元でかすかに光るピンクダイヤモンドへと視線を向けた。


「特級の追跡魔法を込めてある。……肌身離さずつけていろと言っただろう」


「そんな……。では、最初からこういうことが起きると分かっていて、私を……?」


 彼はその問いには答えなかった。

 ただ、解き終えた縄を冷ややかに投げ捨てると、無言で私の手を取り、ゆっくりと立ち上がらせた。

 繋がれた手のひらから、彼の体温と、かすかな震えが伝わってくる。


「無事で、良かった……」


「サイラス様、あの……」


「後で話す。今は少し、休め」


 彼がそう囁いた直後、視界がふわりと浮き上がった。

 驚く間もなく、私は彼の腕の中にすっぽりと抱き上げられていた。


「サ、サイラス様…自分で歩けます……!」


「私がこうしていたいんだ」


 私の言葉を拒否するように、彼はそのまま夜の森の中を迷いなく歩いていった。

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