6話 誘拐されました
午後の柔らかな光が降り注ぐ中、私はリリーと共に美しく整えられた庭園を散歩していた。
丁寧に手入れされた花壇には、色とりどりの瑞々しい花々が咲き誇っている。
「エリシア様、こちらの花は旦那様が自ら品種を選ばれたのですよ」
「サイラス様が……?」
「はい! 無口で不愛想な方ですけれど、実はとてもお花がお好きで。……まぁ、ご自身では絶対におっしゃいませんけれどね」
リリーが楽しそうにくすくすと笑う。
(お花が好き、か……)
私は、気高く咲く白い薔薇にそっと指先で触れた。
冷たい彫刻を思わせるあの人が、こんなにも繊細で美しいものを愛でているなんて、想像もしなかった。
(……私はまだ、彼のことを本当に何も知らないんだわ)
昨夜の食堂での、切なげに揺れていた瞳。
そして、先ほど執務室で私にかけてくれた声音。
(どうして私を選んだのか、その理由はまだわからない。でも……)
頬を撫でていく柔らかな風が、妙に心地よく感じられた。
彼から贈られたピンクダイヤモンドのネックレスが、肌の上で優しく輝く。
(私は——彼のことを、もっと知りたいと思っている)
その感情の正体に気づいた瞬間、カッと顔が熱くなるのがわかった。
(……まさか、私、あの方を……)
「エリシア様? どうなさいました、お顔が真っ赤ですよ?」
「な、なんでもないわ!」
リリーの無邪気な覗き込みから逃げるように、私は慌てて顔を背けた。
(好きになりかけているだなんて……。出会って、まだ二日しか経っていないのに……!)
自分のあまりに早すぎる心境の変化が信じられなくて、激しく波打つ胸をそっと手で押さえる。
——その時だった。
「失礼いたします、エリシア様」
庭園の入り口から、見知らぬ使用人の男がしずしずと近づいてきた。
「旦那様よりお言付けを預かっております。少々、よろしいでしょうか」
「はい、なんでしょう——」
男との距離が縮まった、次の瞬間。
男の袖口から、鼻を刺すような、妙に甘い匂いが広がった。
「っ……!?」
異変を察知したリリーが短い悲鳴を上げる。
けれど、私の身体はすでに言うことを聞かなかった。
視界にあった薔薇の鮮やかな白が、歪んで滲んでいく。
私の意識は抗う術もなく、底の見えない暗闇へと急速に落ちていった。





