表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/8

6話 誘拐されました

 午後の柔らかな光が降り注ぐ中、私はリリーと共に美しく整えられた庭園を散歩していた。

 丁寧に手入れされた花壇には、色とりどりの瑞々しい花々が咲き誇っている。


「エリシア様、こちらの花は旦那様が自ら品種を選ばれたのですよ」


「サイラス様が……?」


「はい! 無口で不愛想な方ですけれど、実はとてもお花がお好きで。……まぁ、ご自身では絶対におっしゃいませんけれどね」


 リリーが楽しそうにくすくすと笑う。


(お花が好き、か……)


 私は、気高く咲く白い薔薇にそっと指先で触れた。

 冷たい彫刻を思わせるあの人が、こんなにも繊細で美しいものを愛でているなんて、想像もしなかった。


(……私はまだ、彼のことを本当に何も知らないんだわ)


 昨夜の食堂での、切なげに揺れていた瞳。

 そして、先ほど執務室で私にかけてくれた声音。


(どうして私を選んだのか、その理由はまだわからない。でも……)


 頬を撫でていく柔らかな風が、妙に心地よく感じられた。

 彼から贈られたピンクダイヤモンドのネックレスが、肌の上で優しく輝く。


(私は——彼のことを、もっと知りたいと思っている)


 その感情の正体に気づいた瞬間、カッと顔が熱くなるのがわかった。


(……まさか、私、あの方を……)


「エリシア様? どうなさいました、お顔が真っ赤ですよ?」


「な、なんでもないわ!」


 リリーの無邪気な覗き込みから逃げるように、私は慌てて顔を背けた。


(好きになりかけているだなんて……。出会って、まだ二日しか経っていないのに……!)


 自分のあまりに早すぎる心境の変化が信じられなくて、激しく波打つ胸をそっと手で押さえる。

 ——その時だった。


「失礼いたします、エリシア様」


 庭園の入り口から、見知らぬ使用人の男がしずしずと近づいてきた。


「旦那様よりお言付けを預かっております。少々、よろしいでしょうか」


「はい、なんでしょう——」


 男との距離が縮まった、次の瞬間。

 男の袖口から、鼻を刺すような、妙に甘い匂いが広がった。


「っ……!?」


 異変を察知したリリーが短い悲鳴を上げる。

 けれど、私の身体はすでに言うことを聞かなかった。

 視界にあった薔薇の鮮やかな白が、歪んで滲んでいく。

 私の意識は抗う術もなく、底の見えない暗闇へと急速に落ちていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ