表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/8

8話 求婚の真相

 伯爵邸に戻り、サイラス様は私を部屋まで送り届けてくれた。

 お互いにソファーへ向かい合って座ったものの、部屋にはしばらく重い沈黙が流れた。

 先にその静寂を破ったのは、サイラスだった。


「……覚えているか。プロポーズをしたあの夜より前——半年前の、ある晩餐会のことを」


「半年前の……?」


「給仕が運んでいたガラスの器を落として割った。周囲の貴族たちが彼を責め立てようとした時、毅然と前に出て彼を庇った令嬢がいた。……それが、君だ」


「……あ!」


 記憶の糸が繋がり、私は小さく息を呑んだ。


「君は、その給仕ではなく、自分が不注意で割ってしまったのだと嘘を吐いた。容姿のことで普段から自分が蔑まれているにもかかわらず、見ず知らずの他者のために、これ以上自分の評判が落ちることも厭わなかった」


「それは……あの時は、放っておけなくて……」


 サイラス様の青い瞳が、じっと真っ直ぐに私を映し出す。


「その時から、君から目が離せなくなった。……一目惚れ、のようなものだ。格好がつかなくて、今の今まで言えずにいたが」


「……っ」


 あのプロポーズよりもずっと前から、彼が私を見ていてくれた。

 驚きで胸が高鳴る私に、彼は静かに言葉を続けた。


「その後、君の周辺を調べた。……君の過酷な境遇を。そして、君が今もなお、例の魔術師の一派に狙われ続けているということもだ」


「知っていらしたのですか……。最初から、すべて?」


「ああ。君のその呪痕は、かつて壊滅した魔術師一味が遺した秘奥の刻印そのものだ。奴らの残党が、力を取り戻すためにいつか君を奪いに来ると分かっていた」


 私はそっと、自分の左頬に触れた。

 忌まわしいと思っていたこの痕が、そんな危険を孕んでいたなんて思いもしなかった。


「だから、一刻も早く君を守れる場所に置きたかった。そのために、あの一ヶ月前の晩餐会で、強引に婚約を申し込んだんだ」


 サイラスはそこで言葉を区切り、少しだけ躊躇するように間を置いた。


「……それから、例のネックレスのことだが」


「はい。追跡の魔法がかかっているという……」


「緊急時のためというのは本当だ。現に、今回はそれで君を救い出すことができた」


「はい、本当に感謝しています……」


「だが」


 サイラス様は視線を斜め下へと逸らして、口ごもるように言葉を続けた。


「……君がどこにいて、何をしているか、そのすべてを常に私の手の中で把握していたかった、という気持ちも……確かにあった」


「……え?」


「独占欲だ。見苦しく、歪んだ感情だと分かっている」


 サイラスは珍しく居心地悪そうに、形の良い眉を歪めた。

 あの世間で『氷の伯爵』と恐れられた人が、耳の裏までほんのりと赤くして、自身の酷く不器用な情念を白状している。

 そのギャップがおかしくて、けれど愛おしくて胸が温かくなり、私は思わず、ふふっと声を立てて笑ってしまった。


「……なぜ笑う」


「すみません……。だって、サイラス様が、そんな風に私のことをそこまで想っていたなんて意外で……」


「笑わないでくれ……ますます恥ずかしくなる」


 そっぽを向いてしまった彼に、私はソファーから腰を浮かせ、彼のそばまで近寄った。


「からかってなどいません。……ただ、本当に、嬉しいんです」


 サイラス様が弾かれたように顔を上げ、その瞳が微かに揺れた。


「嬉しい、だと? 監視されていたも同然なのだぞ」


「誰かに、そこまで想ってもらえたことが……生まれて初めてだからです」


 私は、自分の呪痕のある頬にそっと手を当てた。


「この顔のせいで、私はずっと、誰にも必要とされない邪魔者なのだと思って生きてきました。でも……あなたは、呪いの痕も含めて、ずっと私だけを見ていてくれたのですね」


 部屋に優しい沈黙が落ちる。

 サイラスはゆっくりと立ち上がると、私の目の前まで歩み寄ってきた。

 そして、そっと私の呪痕のある左頬に、大きな手のひらを添えた。


「……君への感情が、とうに保護の域を超えていることは自覚している」


「サイラス様……」


「エリシア。私は……君を、何があっても守りたい」


 熱を帯びた青い瞳が、これ以上ないほど真剣に私を見つめている。


「君の隣に、ずっといたいんだ。もう、私のそばを離れないでくれ」


 頬に添えられた手のひらが、涙が出そうなほど温かかった。

 この人は笑わない。

 感情を表に出すのも酷く苦手だ。

 それでも今、私の目を真っ直ぐに見つめるこの瞳だけは、絶対に嘘をついていないと確信できた。


「……私も」


 私は震える声を精一杯に整えながら、はっきりと想いを返した。


「私も、あなたの隣にいたいです。サイラス」


 彼の大きな手が、嬉しそうに、愛おしそうに僅かに力を込めて私の頬を包み込む。

 言葉は、もうそれ以上必要なかった。

 私たちは見つめ合うと、そっと静かに、優しく唇を重ねた。



 祝福の鐘が、澄み渡る青空へと高らかに音色を響かせていた。

 純白のウェディングドレスのすそを揺らしながら、私は光の差し込むバージンロードを歩いていく。

 大聖堂の祭壇、その先には——ただ一人、私を待つサイラスの姿があった。


 彼は相変わらず表情を崩さないままでいた。

 けれど今日だけは、その深い青色の瞳が世界で私一人だけをじっと見つめてくれていた。

 祭壇の前へと辿り着き、並び立つと、彼は私の震える手をごく自然に包み込んだ。


「……緊張しているのか」


「少しだけ……。サイラスは、平気なのですか?」


「私もだ」


 驚いて思わず横顔を見上げる。

 サイラスは視線を真っ直ぐ正面に向けたまま、白磁のような耳の裏をわずかに赤く染めていた。


(この人が、私と同じように緊張している……)


 ただそれだけのことが愛おしくて、私の胸の奥に固まっていた緊張の糸が、すうっと解けていくのがわかった。

 神官の厳かな祝詞が響き渡る中、私はそっと自分の左頬に触れた。


 この『呪痕』は、今日も消えてはいない。

 そしてきっと、これから先も、生涯私の肌に残り続けるのだろう。


 けれど今の私には、もうこの痕が忌まわしい絶望の象徴には思えなかった。

 過酷な運命から生き延びた『証』だと、彼が、私の愛する人がそう言って肯定してくれたから。


「……エリシア」


 神前での誓いを終え、ベールを上げ終えたサイラスが、静かに私の名を呼んだ。


「はい」


「これから先も、ずっと……私の隣にいろ」


 彼らしい、どこまでも不器用で真っ直ぐなお願い。

 けれど、世界中のどんな美辞麗句よりも、私の胸の奥深くに真っ直ぐに突き刺さる。


「……はい。喜んで、ずっとあなたのお傍に」


 私の答えを聞いた瞬間、サイラスの口元が、ほんのわずかに、本当にわずかにだけ緩んだ。

 他人から見れば、笑ったことさえ気づかないほどの小さな変化かもしれない。


 けれど、私には確かに分かった。

 この人が今、私に向けて愛おしそうに微笑んでいる。


 気味が悪いと虐げられ、誰にも期待せず、ただひっそりと死んでいくはずだった私の人生。

 繋いだ手のひらの熱を感じながら、私は生まれて初めて——自分の進む未来が、まぶしいほどに尊いものだと思えたのだった。

ここまでご愛読ありがとうございます。

ブックマーク・評価など頂けると励みになります!


-----

似た雰囲気の連載がありますので、よければこちらもどうぞお願いいたします。

【第一章完結】悪役令嬢は全員生存エンドを目指す~誰とも関わらないはずが、攻略対象に溺愛されて逃げられません〜

https://ncode.syosetu.com/n4076mi/

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ