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2話 お世話になる伯爵邸へ

「いったい、どういうことなのかしら……」


 それから一ヶ月後。

 私は馬車に揺られ、伯爵領へと向かっていた。

 一ヶ月が経った今も、私は自分が婚約したという事実を、どこか受け入れられずにいた。


(私のようないわく付きの令嬢に、何の目的があって求婚されたのかしら? ほかに美しくて家柄の良い令嬢など、いくらでもいたでしょうに……)


 考えても考えても、伯爵の真意は見えてこない。

 そんな中、馬車が伯爵領へと入ると窓の外の景色が一変する。


 整然と並ぶ、明るい石造りの家々。

 よく手入れされた街路樹、美しい水路にかけられた精巧な橋。

 行き交う人々の顔には、どこか穏やかな表情が浮かんでいる。


(思っていたよりも……ずっと、あたたかい場所だわ)


 噂には聞いていたが、予想以上に素晴らしい統治の行き届いた街並みだ。

 冷徹と噂される彼の、隠された優しさを覗き見ているような気持ちになる。


 やがて馬車がゆっくりと停まり、扉が開かれた。

 目の前に広がったのは、重厚な石造りの広大な伯爵邸だった。


 華美な装飾こそないものの、その佇まいには確かな品格と歴史を感じさせる。

 玄関前には、使用人たちがずらりと並んで出迎えてくれていた。


「ようこそおいでくださいました、エリシア様」


 先頭に立つ初老の執事が、深々と頭を下げる。

 そして顔をゆっくりと上げられると、その視線が私の顔へと向けられた。


(……見られている。やっぱりこの頬は気になるわよね……)


 思わず、呪痕のある頬を隠したくなってくる。


 けれど、使用人たちの目には、今までさんざん浴びてきた嫌悪も、好奇心さえも浮かんでいないように見えた。

 それどころか、どこか嬉しそうで、歓迎しているようにも見えた。


「エリシア」

 

 伯爵邸の開けられた扉から、流れるような銀髪を揺らし、サイラス伯爵が姿を現した。

 硬質な靴音を響かせながら私の前まで歩み寄ると、その高い身長から私を見下ろす。


「ここが、これから君の家だ」


 感情の読めない、低くも硬い声。

 私は息を呑み、彼の顔を見上げた。

 相変わらず表情は氷のように冷たく、笑ってもいない。

 けれど、その深い青色の瞳は、真っ直ぐに私だけを映していた。


「……よろしくお願いします、サイラス伯爵」


「サイラスでいい」


「え……」


「婚約者が伯爵と呼ぶのは堅苦しい」


 それだけ言うと、彼は伯爵邸の中へと歩き出してしまった。


「あ、あの……!」


「エリシア様、長旅でお疲れでしょう。すでにお部屋の用意は整っております」


 戸惑う私を気遣うように、初老の執事が穏やかに声をかけてくれた。


(色々聞きたいことがあるのだけれど……話す隙がない……っ!)


 案内してくれる執事の背中を追いながら、私はそっと自分の頬に触れた。


(それとも……やっぱり、私の顔を見るのが嫌で、早く立ち去りたかったのかしら……)


 私の心の奥が、ずきりと痛むようにうずいた。

 すると私の不安を察したのか、前を歩く執事がふっと表情を和らげた。


「エリシア様。……我が主は、昔から感情を表に出すのが酷く苦手な方でして。どうかお気になさらないでください」


 初老の執事が、私に申し訳なさそうに頭を垂れた。


「そ、そんな! 私なんかと婚約してくださっただけで、感謝しかありません……! でも、どうして私のような傷物に求婚されたのか、本当に分からなくて……」


「そのお答えですが……」


 執事は柔らかく目を細め、少し困ったような笑みをこぼした。


「いえ、これ以上は老骨の口から言うべきではございませんね。伯爵のお気持ちは、ぜひご自身で直接お聞きになってみてください。口下手ではありますが、とてもお優しいお方です。エリシア様が問いかければ、きっと不器用ながらも答えてくださいますよ」


 初老の執事は、こちらの緊張を優しく解きほぐすように微笑んだ。

 ここでは、誰も私の顔を見て顔をしかめない。

 ただそれだけのことが、傷ついてきた私の胸の奥を、じんわりと温めていくのだった。

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