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1話 伯爵様に求婚されました

(今日も誰も話しかけてこない……)


 たまたま呼ばれた晩餐会で、私は窓際に一人ぽつんと佇んでいた。


(……こんな見た目じゃ、避けられるのは無理ないわ)


 夜の闇を映す窓ガラスに、自分の顔がぼんやりと浮かび上がる。

 その左頬には、蔦が絡みつくような複雑な紋様『呪いのじゅこん』が、おぞましく刻まれていた。


(一生、誰とも心を通わせることなく、ひっそりと死んでいくのかしら……)


 幼い頃の私には、未来があった。

 子爵家の令嬢として生まれ、何不自由なく育てられ、いつか素敵な殿方と結ばれる。

 そう信じて疑わなかった頃の話だ。

 その未来が、ある一夜を境に崩れ去った。

 七歳の春。


 庭の花を摘みに一人でいたところ、悪辣な魔術師の一味に誘拐されたのだ。

 助け出されるまでの数日間、実験と称して不気味な呪いをかけられ続け、生死の境をさまよった。


 奇跡的に助け出され、体も回復し、解呪にも成功した。


 けれど、その代償として、私の頬には消えない『呪痕』が残ってしまった。

 それからの私の人生は、一変した。


「またあの子爵令嬢が来ているわ。ほら、あの気味の悪い顔の……」


 社交の場へ出れば、必ず棘のある囁き声がついて回る。

 すべての縁談は、相手が私の顔を見た瞬間に嫌悪の表情とともに破談になった。


 家族は私を腫れ物のように扱い、なるべく人目に触れないよう外出さえ制限される日々。

 十六歳になった今も、何も変わらない。


 変わったのは私が、もう誰にも期待しなくなったことだけだ。


「……エリシア」


 パーティー会場の隅に溶け込もうとしていた私に、父が低い声で近づいてきた。


「君の顔を見て平気な顔でいられる殿方など、まずいないだろう。……だが、せめて努力くらいはしてみなさい。我が家にとっては貴重な社交のチャンスなのだからな」


「……はい、お父様」


 私はうつむいたまま、小さく頷いた。

 その時だった。

 会場の中央で突然、人々のざわめきが起きた。


 私の視界をさえぎっていた人垣が、自然と割れていく。


 その波を静かに割くようにして歩いてくる、一人の男性がいた。

 流れるような銀の髪に、冷たい光を宿した切れ長の青い瞳。


 冷たい彫刻を思わせる、美術品のような端整な顔立ち。

 周囲の空気を凍らせるほどの圧倒的な佇まいから、彼が誰なのかは一目でわかった。


 サイラス・アシュフォード伯爵。


 誰に対しても笑顔を向けず、数多の令嬢からのアプローチを冷酷に断り続けてきたことから、社交界で『氷の伯爵』と恐れられる人物だ。

 彼はまっすぐに、私の方角へ歩いてくる。


「え……?」


 思わず振り返るが、私の後ろには窓ガラスしかない。

 慌てて前を向き直したときには、すでにサイラス伯爵は私の目の前に立っていた。


「……エリシア」


 冷たく、凛とした声。

 低いけれども、心地よく鼓膜を揺らす音が届く。


「サ、サイラス伯爵……?」


 突然名前を呼ばれた驚きと戸惑いで、視線があたふたと泳いでしまう。

 そんな私の動揺を気にする風もなく、彼はふわりと美しい動作で私の前に片膝を突いた。


「エリシア。私と婚約して欲しい」


「……ええ!?」


 ここ数年で、最もはしたない大声を出してしまった。

 私の驚愕をよそに、彼は静かな動作で私の手を取る。

 そして、その艷やかで熱い唇を指先に落とした。


「サ、サイラス伯爵!?」


「……返事を聞かせて欲しい」


「え、あ、ええと……?」


 横にいた父は、目を見開いて驚きつつも「早く返事をしろ!」と物凄い目配せをしてくる。

 そもそも、私に拒否権などない。

 ここで無闇に断れば、彼のプライドを傷つけ、我が家の名誉も損なわれるだろう。


「わ、私でよければ……」


 差し出された手先にそっと力をこめると、彼はそれを上回る力で握り返す。

 けれど、婚約の返答を得てもなお、彼の美しい顔に笑みが浮かぶことはなかった。

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