1534年11月2週目。色々動いている中三郎は母親とうなぎと向き合う。蒸し、焼く、試行錯誤。
帳面合わせや大友の姫君たちの案内が続く中、台所の方では、
三郎と母がうなぎと向き合っていた。
八郎が言い出した、うなぎの新しい食べ方である。
今までは、うなぎはぶつ切りにして焼くか煮るかして食べるものだった。
それはそれでうまい。
脂もある。
川魚の中では力もある。
だが、骨が邪魔だった。
三郎は、まな板の上のうなぎをじっと見た。
「とりあえず、骨を取るところまでは分かった」
母も横で頷く。
「頭を押さえて、錐みたいなもんで止めて」
「横から腹をさばいて、骨に沿って身を外す」
「そこまでは、まあ何匹かやれば慣れるな」
三郎は小刀を拭きながら言った。
「問題は、その後や」
「煮るか、焼くか」
「蒸すか」
「タレをいつつけるか」
試しに、何匹かを開いて骨を取り、白焼きにした。
別のものは、少し蒸してから焼いた。
そこへ、だし醤油に酒と砂糖を混ぜたものを塗る。
味噌を少し入れたものも試した。
焼き場には、うなぎの脂が落ちる音がしていた。
じゅう、と小さく鳴る。
香りは悪くない。
むしろ、かなり良い。
だが三郎は、腕を組んで唸った。
「身は食べやすくなった」
「骨がないだけで、全然違う」
母も試食して頷く。
「ぶつ切りより、ええわ」
「口に骨が残らん」
「姫様にも出せる」
「けど」
三郎が続けた。
「タレの乗りが悪いな」
「塗っても、なんか表だけや」
「染みてる感じがせえへん」
母は白焼きを一口食べた。
「白焼きは白焼きで食えるけど、皮がちょっと気になるな」
「身はええのに、皮のところで少し止まる」
「焼きが足らんのか、焼きすぎなんか」
三郎はぶつぶつ言う。
「蒸してから焼く方が柔らかい」
「でも、蒸しすぎると身が崩れる」
「焼くだけやと香りはええけど、皮が固い」
「タレは甘辛で、何度もつけながら焼く方がええか」
「一回塗って終わりやと弱い」
「焼く、塗る、焼く、塗る」
「いや、先にだしにつけるか」
「でも漬けすぎたら身が負けるか」
母は笑った。
「完全に料理人の顔やね」
三郎は真顔で返した。
「真面目にやってるだけや」
その様子を、手伝いに来ていた姫君が見ていた。
島津本家の姫君の一人である。
彼女は、三郎がうなぎを見つめながら考え込む姿を見て、ふっと微笑んだ。
「美味しいものを作る三郎様は、素敵ですね」
三郎の手が止まった。
「いや、俺は真面目にやってるだけやぞ」
「はい」
姫君はにこりと笑う。
「真面目に美味しいものへ向き合っておられるところが、素敵なのです」
周りの女衆が、きゃっと小さく声を上げた。
三郎は少し顔を赤くする。
「そういうのはええねん」
姫君はさらに一歩踏み込んだ。
「では今度、料理のお話を一緒にしましょう」
「ここでもできるやろ」
「違います」
姫君は首を振る。
「お茶をしながら、ゆっくりお話ししたいのです」
三郎は完全に言葉に詰まった。
近くにいた村の女が笑う。
「三郎様も、そろそろ観念されたらどうです」
「一郎様も二郎様も四郎様も、もう縁が固まってきてますし」
別の女も続ける。
「料理の話なら逃げられへんでしょう」
三郎はうなぎを見つめたまま言った。
「責任がな」
「そういうのは、軽々しく」
姫君が少し頬を膨らませる。
「また責任ですか」
女衆がまた、きゃあきゃあと笑った。
母はその様子を見ながら、ため息混じりに言った。
「料理に真摯なんはええことやけどね」
「真上と真下が結婚すんねんから、あんたもちょっとは固めなあかんのちゃう」
三郎は眉をひそめた。
「真上と真下って」
「二郎と四郎や」
母はさらりと言う。
「それに、大友の姫様方も来てはるよ」
「そっちとも縁がどうなるか分からへん」
三郎は頭をかいた。
「なんでこんな悩まなあかんのやろな」
「俺、もともと庄屋の三男やぞ」
「お姫様とどうこうなる身分やなかったはずや」
母は笑う。
「八郎の兄やからね」
「もう普通では済まへんわ」
三郎は返事をせず、またうなぎを見つめた。
焼き台の上では、開いたうなぎの皮がじりじりと焼けている。
脂が落ち、煙が上がる。
その香りに、周りの者が自然と近づいてくる。
三郎は、目を細めた。
「でも、これ見てたら、やっぱり川に銭が落ちてる気がするんよな」
母が頷く。
「反応は悪くない」
「ぶつ切りより、みんな食べやすそうにしてる」
「骨がないだけで、食べる顔が違うわ」
三郎は白焼きを一口食べ、次にタレを何度か塗って焼いたものを食べた。
「下手な魚より、うまくなるかもしれん」
「鯖の脂もええけど、うなぎの脂もええ」
「ただ、鯖とは違う」
「こっちは手間をかけて、化ける魚やな」
母はタレを小皿に取り、味を見た。
「味噌を入れすぎたら重い」
「砂糖を入れすぎたら焦げる」
「酒はいる」
「だしもいる」
「何度も塗るなら、濃すぎん方がええかもしれん」
三郎は頷いた。
「骨を取る手間」
「ぬめりを取る手間」
「開く手間」
「串を打つ手間」
「焼く手間」
「タレを塗る手間」
「面倒くさいことだらけや」
姫君が穏やかに言った。
「でも、だからこそ値がつくのではありませんか」
三郎は少し驚いたように姫君を見た。
それから、苦笑した。
「八郎みたいなこと言うな」
「八郎様から学びました」
また周囲が笑った。
その日の試作は、完璧とは言えなかった。
皮が固いものもあった。
タレが薄いものもあった。
蒸しすぎて身が崩れたものもあった。
それでも、ぶつ切りのうなぎより反応はよかった。
骨がない。
食べやすい。
脂がうまい。
酒に合う。
そう言われるたびに、三郎の目は少しずつ真剣になっていった。
「これは、形にしたいな」
母も頷く。
「時間はかかるけど、やる価値はあるわ」
三郎は焼き台の前で、また小さく呟いた。
「焼いて、塗って、また焼く」
「皮をどうするか」
「蒸しをどこに入れるか」
「タレをどう絡めるか」
「うまい焼き方、どこかにあるはずや」
母は笑いながら、次のうなぎをまな板に置いた。
「ほな、もう一匹やってみよか」
三郎は小刀を握り直した。
姫君と村の女たちは、楽しそうにその様子を見ていた。
うなぎと向き合う三郎。
味を見ながら首を傾げる母。
それを囲む人々の笑い声。
八郎の思いつきから始まった小さな研究は、台所の熱と煙の中で、少しずつ料理になろうとしていた。




