1534年11月2週目。八郎は一人でふらっと兄達夫婦と会合に。島津本家に花を持たせすぎなんで島津分家の侍を日向大隅に指導役として派遣を検討。
十一月二週目。
八郎は、いつもの帳面役を連れず、一人で兄たちのいる館へ向かった。
館には、一郎、二郎、四郎がいた。
千代姫、春姫、綾姫も同じ席にいる。
八郎は座るなり、少しだけにこりとした。
「最近、仲良くされていますか」
四郎がすぐに眉を寄せる。
「いきなり何や」
綾姫は少し頬を赤くしながらも、静かに微笑んだ。
「仲良くさせていただいております」
二郎は春姫の方を見て、少し照れた。
一郎は千代姫を見ないようにしている。
千代姫は、それを見て楽しそうに笑っていた。
八郎は頷いた。
「それはよかったです」
「では、具体的な話をさせてください」
その瞬間、場の空気が少し変わった。
八郎が一人で来る時は、大抵何かある。
一郎が姿勢を正す。
「何や」
「島津本家には今、薩摩川内と肥後の八郎軍六千人をしごき倒してもらっています」
八郎は淡々と言った。
「十一月から二月末まで」
「四か月です」
「島津本家には一千二百万文分、借金を消す形でお願いしています」
春姫が静かに頷いた。
「父上たちも喜んでおられました」
「はい」
八郎は続けた。
「ただ、それをすると、島津本家にかなり花が行きます」
「一方で、島津分家の方は、侍方の借金はかなり消えています」
「鳥獣対策も、冬場は季節外れです」
「警備などの仕事はあるでしょうが、余剰人員が出るのではないかと思っています」
綾姫が顔を上げた。
「分家の侍衆に、仕事を作ってくださるのですか」
「はい」
八郎は頷いた。
「日向と大隅の兵を、鍛えていただきたいです」
「ただし、鍛えるという言い方は、少し違うかもしれません」
四郎が聞いた。
「どういう意味や」
「日向も大隅も、八郎軍が勝ち取った土地です」
「そこにいる兵たちは、負けた土地の兵でもあります」
「だから、まず自信をつけさせたいのです」
八郎は小さな地図を広げた。
「日向に二百人」
「大隅に二百人」
「島津分家の侍衆、合わせて四百人を教官役として派遣していただきたいです」
「見てもらう八郎軍は、日向二千人、大隅二千人」
「合わせて四千人」
「期間はまず二か月」
一郎が腕を組んだ。
「本家の訓練とは違うんやな」
「はい」
「本家の訓練は、龍造寺を攻めるための前線訓練です」
「肥後、薩摩川内の兵を、春に向けてしごいています」
「分家にお願いしたいのは、負けた土地の兵を八郎軍の兵として立たせる訓練です」
「緊急度は本家の訓練より下がります」
「でも、先々四国を見ることや、大友が南下してきた時の備えを考えれば、
日向と大隅の兵も鍛えておいた方がよいです」
綾姫は、少し真剣な顔で聞いていた。
「ただ、日向は市も立ち上げたばかりです」
「農民の借金も、まだ全部は減っていません」
「いきなり大きく動かしても、土地がついてきません」
「ですので、まずは小さく始めます」
二郎が聞いた。
「費用はどれくらい見るんや」
「二か月で、一千四百万文ほどです」
一郎が目を丸くした。
「小さく始める言うて、一千四百万文か」
八郎は真面目に頷いた。
「本家の三千八百万文よりは小さいです」
「島津分家の侍衆への手当は、一人あたり月五千文」
「四百人で月二百万文」
「二か月で四百万文」
「残りは飯、宿、移動、医薬、木槍、盾、帳面役、訓練場の整備、慰労の酒などです」
千代姫が少し笑った。
「月五千文は、かなり厚いですね」
「はい」
「同盟している仲良し価格です」
八郎はさらりと言った。
「それに、今ここに千代姫様、春姫様、綾姫様がおられます」
「分家をないがしろにしていない、という証でもあります」
四郎が苦笑した。
「言い方が露骨やな」
「分かりやすい方がよいです」
綾姫は、静かに頭を下げた。
「ありがとうございます」
「分家の侍衆は、喜ぶと思います」
「冬は大きな仕事が少ないです」
「湯浴みの仕事や警備はあっても、侍として面目が立つ仕事は多くありません」
「日向と大隅の兵を鍛える役なら、誇りにもなります」
春姫も頷いた。
「本家ばかりが八郎軍を鍛えている形になると、分家も少し寂しいでしょう」
「よい話だと思います」
八郎は少し安心したように頷いた。
「もちろん、揉めるならやりません」
「参加したい方に手を挙げていただく形がよいです」
「無理に引っ張ると、不満が出ます」
一郎が言った。
「慰労はどうする」
「現地では七日に一度ほど休みを入れて、酒と飯を出します」
「ただ、日向と大隅は距離があります」
「姫君方が直接慰労に行くには少し大変です」
「ですので、二か月の勤めを終えて戻ってきた時に、宴をしていただけるとありがたいです」
綾姫がすぐに頷いた。
「分かりました」
「父上にも伝えます」
「戻ってこられた侍衆には、きちんと礼をいたします」
千代姫が笑った。
「また侍衆が八郎様に懐きますね」
「懐くというより、仕事です」
八郎は真面目に答えた。
二郎が苦笑する。
「その仕事を作るのが上手すぎるんや」
四郎は地図を見ながら言った。
「日向と大隅の兵が自信を取り戻せば、後で本家の侍衆を順繰り入れて、本格的に鍛えることも
できるな」
「はい」
「まず立たせる」
「次に鍛える」
「最後に戦で崩れないようにする」
「順番です」
綾姫は小さく微笑んだ。
「順繰りですね」
八郎は胸を張った。
「はい」
「順繰りです」
一郎が呆れたように笑った。
「ほんま、借金も兵も縁も、全部順繰りやな」
八郎は立ち上がり、軽く頭を下げた。
「では、次の帳面合わせで計上します」
「島津分家冬季教練費、一千四百万文」
「うち四百万文を侍衆への手当」
「日向、大隅、二か月」
「父上へ、お伝えください」
綾姫は丁寧に頭を下げた。
「必ず」
八郎が去った後、春姫がぽつりと言った。
「本家にも分家にも、きちんと花を持たせるのですね」
千代姫が頷いた。
「だから人が集まるのでしょう」
四郎は静かに言った。
「八郎は、銭を払っているだけではありません」
「誰が誇れるか、どこに顔が立つかを見ています」
綾姫は嬉しそうに微笑んだ。
「分家にも、よい顔ができます」
その言葉に、館の空気は少し温かくなった。




