1534年11月2週目。大友の姫君を八郎の兄弟達が案内する。佐土原と違う八郎家の政策がしみ込んだ土地。
十一月二週目。
大友の姫君たちは、八郎の兄弟たちに案内されながら、薩摩川内の市を見て回っていた。
最初に案内したのは、一郎と二郎だった。
二郎の隣には春姫もいる。
二郎は、畑の端に植えられた芋を見せながら言った。
「うちの八郎商会は、捨て値のものに値段をつけるのが得意なんです」
一郎も頷く。
「今までの商いを邪魔しないところに、別の価値をつける」
「芋もそうです」
大友の姫君は畑を見た。
米の田とは別の、少し痩せた土地。
そこに芋の葉が広がっている。
「米の栽培を邪魔しないのですね」
「はい」
二郎が答えた。
「米を作りにくい畑でも育ちます」
「捨ててあるような土地でも増える」
「発育もいい」
「飢饉対策にもなる」
「それでいて、芋焼酎が作れます」
春姫が静かに言った。
「島津本家でも、芋の作付けを増やしています」
「食べるだけではなく、酒にもなるからです」
一郎が続けた。
「肥後には米焼酎があります」
「米を使って強い酒にする」
「ただ、米は米です」
「飢饉が近づけば、酒に回す量は減ります」
「でも芋は、米ほどぶれにくい」
「だから、芋焼酎は強いんです」
姫君は感心したように息を吐いた。
「芋一つで、そこまで語れるのですね」
二郎は少し照れたように笑った。
「私らは商売担当ではなく、栽培担当です」
一郎も笑う。
「庄屋の息子の本筋ですわ」
「ただ、規模が馬鹿みたいに大きくなってきました」
「そこが悩みです」
姫君は少し笑った。
「百万石近い土地を見ておられるのですものね」
二郎は遠い目をした。
「本当に、俺らはただの庄屋の小せがれのはずなんですけどね」
春姫が横でくすりと笑った。
「でも、今では芋一つで侍衆の士気まで上げておられます」
「先日も、島津本家の侍衆に芋焼酎を出したら、大変喜ばれました」
一郎は肩をすくめた。
「芋焼酎様々です」
次に、姫君たちは四郎、五郎、六郎、七郎に案内され、寺社市へ向かった。
佐土原で見た寺社市とは、空気が違った。
あちらは立ち上がりかけ。
こちらは、すでに暮らしの中に根づいている。
寺の境内には、布、干物、味噌、塩、焼き芋、芋焼酎、米焼酎、桶、針、古着、布団まで並んでいた。
五郎が説明する。
「最初は、借金漬けの人たちの証文を破るところから始まりました」
「今は、買った物の帳面を米や現物で返して、その控えを破っていきます」
姫君は目を細めた。
商人が帳面を見て、農民が持ってきた米俵と突き合わせる。
確認が済むと、控えの紙を破る。
びり、と音がする。
その音に、買い物をした農民がほっとした顔をした。
四郎が言った。
「借金の証文を破る音も大事ですが」
「買い物の帳面を消す音も、暮らしが回っている証です」
姫君は、布団を買っている夫婦を見た。
「布団は高いのではありませんか」
六郎が頷く。
「高いです」
「でも、米払いができます」
「八郎商会は飯屋も市もやっていますから、現物の米を受け取って、そこから回せます」
七郎が続ける。
「農民は銭をたくさん持っているわけではありません」
「でも、米、薪、野菜、卵、干物なら出せる」
「それを受けられるのが強みです」
五郎が周囲を見回しながら言った。
「この辺は、もう借金をかなり返しています」
「だから銭も回るようになりました」
「話会にも行きます」
「飯屋にも行きます」
「湯浴みにも行きます」
「少し高い湯浴みでも、人が来ます」
姫君が驚いた。
「高い湯浴みとは」
四郎が苦笑した。
「高いと言っても、うちは十文です」
「よその領地では、そもそも湯浴み場が常にあること自体が珍しいと思います」
姫君は素直に頷いた。
「そうだと思います」
「これは、すごい贅沢に見えます」
「湯に入れて、布団を買えて、焼き芋を食べられて、話まで聞ける」
「でも、皆が自然に使っているのですね」
五郎は少し真面目な顔になった。
「平和になってきたからです」
「周りに敵が減ったから、暮らしに銭を回せる」
「最初、うちが一万五千石だった頃には、こんなことは絶対にできませんでした」
六郎も頷く。
「領地が広がり、同盟ができ、敵が遠くなった」
「だから市を整えられたんです」
姫君は館や城の方角を見た。
「そういえば、城や屋敷に大きな銭をかけている感じがしませんね」
五郎はあっさり答えた。
「かけていません」
四郎が補足する。
「城を飾る銭があるなら、民へ回します」
「民の信用を取った方が、攻められた時に味方してくれます」
「実際、最初に領主を追い出した後の二度の戦は、それで勝ったようなものです」
「民が知らせ、民が隠し、民が運びました」
「その考えは、八郎も、私たちも、変わっていません」
大友の姫君は、静かに息を呑んだ。
やっていることだけを見れば、飯屋、湯浴み、寺社市、焼き芋、話会。
穏やかで、楽しげで、少し変わった商いに見える。
けれど、兄たちの話を聞けば、その一つ一つに理由がある。
米を邪魔しない芋。
飢饉に備える芋焼酎。
現物払いで買える布団。
借金が消えた後の湯浴み。
城より民へ回す銭。
信用を守りに変える考え。
大友の姫君は、寺社市で笑う農民たちを見つめた。
「素敵なことをしているだけではないのですね」
四郎が頷いた。
「はい」
「生活に近いところから、土地を強くしています」
五郎は笑った。
「八郎の言い方なら、全部つながっている、ですね」
姫君は微笑んだ。
「父上への文が、また長くなります」
七郎が少し笑った。
「毎日長くなっていませんか」
姫君は文箱をそっと押さえた。
「仕方ありません」
「ここは、見るものが多すぎます」
寺社市では、また一枚、帳面の控えが破られた。
その音を聞きながら、姫君は思った。
これは、佐土原で見た証文破りの続きだ。
人が借金から解かれた後、どう暮らしを取り戻していくのか。
その答えが、ここにはある。
そしてそれは、大友が交易で得てきた豊かさとは、少し違う豊かさだった。




