1534年11月2週目。帳面合わせ。大友の姫君も参加。開かれた場であることに衝撃。動く金額にも衝撃。
十一月二週目。
本拠の広間では、定例の帳面合わせが開かれていた。
八郎、父、母、兄たち、帳面役、庄屋衆。
そこに今回は、大友の姫君たちも座っていた。
姫君たちは、目の前に積まれた帳面の多さに、少し驚いた顔をしている。
「このような大事なものを、これほど開けた場で話されるのですか」
姫君の一人が、思わずそう尋ねた。
八郎は頷いた。
「はい」
「開けた場で話すから、皆が安心します」
「借金がたくさんあることより、返し方が分からないことの方が怖いです」
「どこにいくらあり、何で返し、どの順番で消すか」
「それを見せれば、待てる人が増えます」
五郎が補足する。
「隠すと噂になります」
「噂になると、庄屋衆も農民も不安になります」
「帳面で見せた方が早いんです」
大友の姫君は、静かに頷いた。
「なるほど」
「借金を見せるのではなく、返せる道筋を見せるのですね」
八郎は満足そうに言った。
「そうです」
「では、細かい数字をお願いします」
帳面役が一礼し、帳面を開いた。
「まず報告でございます」
「島津本家筋の農民の借金につきまして」
「今週をもって、全て完済となりました」
広間が一瞬静まり、それからどよめいた。
三郎が目を丸くする。
「全部か」
「はい」
帳面役は続ける。
「完済のお礼として、二か所の庄屋衆より、仕入れ一回分相当の寄付がございました」
「合わせて百八十万文でございます」
大友の姫君が驚いた。
「寄付まであるのですか」
八郎はさらりと言った。
「あります」
「ただ、こちらも寄付で返していますからね」
「寺社市、炊き出し、湯浴み、借金整理」
「銭は回れば戻ります」
母が苦笑する。
「この子は、寄付まで帳面で回すからね」
帳面役はさらに読み上げた。
「今週の総合利益」
「飯屋、市、湯浴み、高級湯浴み、寺社市、焼き芋屋、交易、話会、仕入れ差益、寄付分を含めまして」
「一千七百七十四万文の黒でございます」
父が息を吐いた。
「また大きいな」
大友の姫君たちも、思わず顔を見合わせた。
八郎はすぐに次の帳面を指した。
「では、そのうち」
「肥後南部の一部の城の借金、六百七十万文を全て返します」
その場にいた肥後南部の代表たちが、息を呑んだ。
城の借金。
侍の借金。
農民の借金。
長く土地に絡みついていたものが、これで消える。
年配の村代表が、震える声で言った。
「これで、城も、侍も、農民も」
「はい」
八郎は頷いた。
「その一帯は、借金なしです」
「寺社市をたくさん使ってください」
「湯浴みにも入ってください」
「余った銭は、道具や布団や種に使ってください」
代表たちは深く頭を下げた。
「もちろんでございます」
「これで、また暮らしが豊かになります」
大友の姫君が小さく呟いた。
「八郎様は、民の心をつかむのがお上手ですね」
八郎はすぐに首を振る。
「いやいや」
「皆さんのおかげです」
「私は帳面を見て、順番を言っているだけです」
三郎が笑った。
「その順番が怖いんやけどな」
帳面合わせが一段落すると、話は新しく始めた話会へ移った。
八郎は考え込むように言った。
「話会ですが、少し分けた方がよいかもしれません」
「笑いの会」
「料理の話」
「九州一円の話」
「商いの話」
「怖い話」
「旅の話」
「全部を一緒にすると、少し散らかります」
六郎が頷いた。
「たしかに、笑い話を聞きに来た人と、商いの情報を聞きたい人では違いますね」
七郎も言う。
「バカ話ばかりだと、飽きる人もいます」
三郎が笑った。
「バカ話ばっかり聞いてたら、頭悪くなるしな」
五郎が続ける。
「逆に、情報通の話ばかりやと堅すぎる」
「今回は笑い、今回は料理、今回は旅」
「そう分けた方が客も選びやすい」
大友の姫君も興味深そうに言った。
「商人にとっては、各地の話は役に立ちます」
「どこで米が高いか」
「どこで魚が取れるか」
「どこの道が荒れているか」
「娯楽であり、情報でもあるのですね」
八郎は頷いた。
「はい」
「ただ、まだ試し試しです」
「衣食住を満たすことが大事なのは分かっています」
「飯を食べる」
「湯に入る」
「布団で寝る」
「借金を減らす」
「そこまでは分かります」
「でも、その先が少し難しいです」
母が首を傾げる。
「娯楽のことか」
「はい」
「その先は、笑いなのか」
「もっと美味しいものを安く食べたい、なのか」
「祭りなのか」
「芝居なのか」
「私自身、庄屋の八男で、貧乏寄りの感覚なので、まだぴんと来ていません」
三郎が腕を組む。
「芝居は金かかるしな」
「役者、場所、衣装、飯、警備」
「一回やるだけならええけど、続けるのは重い」
八郎は頷いた。
「そこです」
「八郎商会が全部賄うべきなのか」
「場所代を取り、客から少しずつ取って回すべきなのか」
「寺社市の中で小さくやるべきなのか」
「まだ分かりません」
大友の姫君が静かに言った。
「豊かになった民が何を欲しがるか」
「それを見るのも、遊学の一つかもしれませんね」
八郎は少し笑った。
「ぜひ見て、教えてください」
「こんなものがあれば面白い」
「こういうものなら大友にもある」
「これは銭がかかりすぎる」
「そういう話がほしいです」
四郎が言った。
「自分たちの暮らしを守るために、今は島津本家の侍衆に八郎軍を鍛えてもらっています」
「よそが困っていれば、こちらに入りたいと思う者も増えます」
「だから守る力も要ります」
八郎は頷いた。
「衣食住と娯楽」
「そして、それを守る兵」
「全部そろわないと、長く続きません」
大友の姫君は、帳面を見つめた。
一千七百七十四万文の黒。
六百七十万文の借金完済。
話会の分類。
芝居の費用。
兵の訓練。
それらが同じ場で語られている。
姫君は小さく息を吐いた。
「父上への文が、また長くなりそうです」
八郎は首を傾げた。
「短くてもよいですよ」
姫君は微笑んだ。
「無理です」
「ここは、短く書くには動いているものが多すぎます」
広間に笑いが広がった。
八郎は帳面を閉じながら言った。
「では、今週も順繰りです」
三郎が即座に突っ込む。
「その順繰り、今週も重いわ」
それでも、皆の顔は明るかった。
また一つ、借金のない土地が増えたのだから。




