1534年11月1週目。大友の姫君到着から数日。八郎が兄達を連れて正式に挨拶。
大友の姫君たちが薩摩川内へ入って、数日が過ぎた。
本格的な帳面合わせの前に、一度きちんと挨拶をしておかねばならぬ。
そう考えた八郎は、兄たちを連れて、大友の姫君たちが滞在している館へ向かった。
一郎、二郎、三郎、四郎、五郎、六郎、七郎。
すでに一郎には千代姫、二郎には春姫、四郎には綾姫との縁がある。
それでも、大友の姫君たちに八郎家の顔を見せる意味は大きかった。
八郎は座るなり、丁寧に頭を下げた。
「改めまして、ようこそお越しくださいました」
「八郎家は、八人兄弟でやっております」
「短くとも来年六月の停戦までは、ゆっくり見ていってください」
大友の姫君たちも頭を下げる。
「こちらこそ、お世話になります」
八郎は兄たちを順に示した。
「一郎兄様、二郎兄様、四郎兄様は、それぞれ島津の姫君様方と縁があります」
「最近の一番の話題は、四郎兄様が鎧武者に囲まれて結婚を決めた話です」
四郎が即座に顔をしかめた。
「なんで人の結婚を笑い話にするんや」
三郎がにやにやする。
「あれは笑い話やろ」
五郎も頷く。
「鎧武者に囲まれて、深い意味はない、やからな」
大友の姫君たちは、思わず口元を押さえた。
八郎は真面目な顔で続ける。
「島津の姫君様方もおりますので、お茶会などの時に、詳しく聞いていただければ」
四郎はため息をついた。
「本当にやめて」
そのやり取りで、場の空気は少し和んだ。
大友の姫君の一人が、改めて口を開いた。
「豊後から肥前、肥後を通ってこちらへ参りましたが」
「港でもないのに、これほど市が盛り上がっていることに驚きました」
「佐土原でも湯浴みや寺社市は見ました」
「ですが、こちらは立ち上げではなく、すでに全部が潤っているように見えます」
八郎は頷いた。
「借金を順繰り消していますからね」
「薩摩川内あたりは、農民の借金、侍の借金、城の借金まで、かなり整理が進んでいます」
「完成形かと言われると、まだまだです」
「話会も始めたばかりですし、祭りも、新しい料理も、娯楽も、もっと増やしたい」
「でも、衣食住が満ちて、湯に入れて、布団で寝られて、少し笑える」
「そこまで行くと、人は元気になります」
姫君は静かに周囲を見た。
館の外から、市のざわめきが聞こえる。
遠くからは、訓練の掛け声も聞こえた。
「大友の領でも、交易は盛んです」
「家としては潤っております」
「けれど、農民がここまで生き生きしているかと言われると」
そこで姫君は少し言葉を止めた。
八郎は穏やかに言った。
「銭を持っている者が生き生きするのは、分かりやすいです」
「でも、借金に沈んでいた者が少しずつ顔を上げる」
「そこが、うちのやり方かもしれません」
「ただ、大友様の交易は、私も大いに勉強したいです」
「豊後は本州や四国と面しています」
「魚も美味しそうです」
姫君が少し笑った。
「魚、でございますか」
「はい」
八郎は真剣だった。
「潮の満ち引きや、海の入り組み方で、魚の味が変わると聞きます」
「肥後でも天草のような入り組んだところは、魚がうまいのではないかと思っています」
「豊後や瀬戸内の魚も、きっと違うでしょう」
姫君は頷いた。
「それはあります」
「美味しいものは美味しいです」
「ただ、値打ちがございますので、高いです」
八郎は少し残念そうに言った。
「それは八郎商会とは相性が悪いですね」
三郎が眉を上げる。
「なんでや」
「八郎商会は、捨て値のものに値段をつけるのが得意です」
「最初から高いものは、あまり面白くありません」
五郎がすぐに突っ込んだ。
「なんで手の内をばらすんや」
八郎は首を傾げた。
「いろいろ見て知っていただいた上で、敵か味方か考えた方がよいでしょう」
「こちらが脅威だと思えば、また兄様方が結婚するかもしれませんし」
三郎と五郎が同時に固まる。
「なんでそこで俺らを見る」
「結婚を脅威対策みたいに言うな」
大友の姫君たちは、顔を見合わせて微笑んだ。
そのうちの一人が、少し身を乗り出す。
「あら」
「私は父上から、八郎様をなんとかしてこいと言われておりますよ」
八郎はすぐに手を振った。
「いやいやいや」
「私はまだまだ若いです」
「四歳児です」
「ふらふらしています」
姫君は笑みを深めた。
「四歳児が、九州の借金と交易と戦の話をなさるのですね」
別の姫君も続ける。
「ふらふらしている方が、島津本家に兵の教練を頼み、肥前を見ているのですね」
八郎は少し困った顔をした。
「順繰りです」
三郎が小声で言った。
「逃げたな」
五郎も頷く。
「完全に逃げた」
大友の姫君は楽しそうに言う。
「では、私たちも順繰り見させていただきます」
「市も」
「湯浴みも」
「話会も」
「訓練も」
「そして、八郎様がどう逃げるかも」
八郎は真面目に答えた。
「逃げてはいません」
兄たちが一斉に笑った。
「逃げてる」
「それは逃げてる」
館の中に、柔らかな笑いが広がった。
大友の姫君たちは、その笑いの中で思った。
ここは、ただ豊かなだけの土地ではない。
人が笑いながら、戦と商いと縁を同じ食卓に並べる土地である。
そして、その中心にいる四歳児は、やはり簡単には捕まらないらしい。




