1534年11月1週目。帳面合わせのあと、三郎兄様と母にうなぎの食べ方について相談する。
帳面合わせがひと段落した後、八郎は三郎と母を呼び止めた。
「あと、うなぎなんですけど」
三郎は少し嫌な顔をした。
「また何か思いついた顔やな」
母も笑う。
「今度は何を食べさせる気やの」
八郎は真面目に言った。
「うなぎは、今はぶつ切りにして食べることが多いですよね」
「まあ、そうやな」
三郎が頷く。
「ぶつ切りにして焼くか、煮るか」
「うまいはうまい」
「でも、骨が気になります」
八郎はそう言って、箸で魚の骨を指した。
「うなぎは脂もあって、身も美味いです」
「けれど、骨が口に残ります」
「好きな人はそのまま食べます」
「でも、嫌な人はそこで嫌になります」
「子どもや年寄り、姫君方に出すにも少し難しい」
母は頷いた。
「たしかに、骨があると食べにくいな」
「そこを変えたいです」
八郎は続けた。
「ぶつ切りにするのではなく、横っ腹というか、腹から裂いて、骨を取ります」
「頭を押さえて、小刀で腹を開く」
「骨に沿って身を外す」
「それを焼く」
「まずはそこから試したいです」
三郎は腕を組んだ。
「うなぎを開くんか」
「ぬるぬるするし、細いし、なかなか面倒やぞ」
「はい」
「面倒です」
八郎はあっさり認めた。
「でも、面倒なところに銭があります」
「骨を取れば、食べやすくなります」
「食べやすくなれば、値を上げられます」
「ぶつ切りの川魚ではなく、料理になります」
三郎の目が少し変わった。
「料理、か」
「はい」
「それと、たれです」
母が聞き返す。
「たれ?」
「天ぷらにつけるつゆのようなものです」
「酒、砂糖、味噌、醤油に近いもの」
「出汁も入れるかもしれません」
「そのあたりを調合して、焼いたうなぎに塗って食べる」
「あるいは、焼きながら何度も塗る」
「多分、美味しいと思います」
三郎は少し考え込んだ。
「甘辛い味か」
「脂のあるうなぎに、甘辛いタレ」
「それは合いそうやな」
母も頷く。
「味噌が強すぎたら、うなぎの味が消えるで」
「砂糖も入れすぎたら焦げる」
「はい」
「そこは試しながらです」
八郎は身を乗り出した。
「焼くだけでは、タレが染み込まないかもしれません」
「一度焼いてから塗るのか」
「塗ってから焼くのか」
「だしに少し漬けてから焼くのか」
「あるいは蒸すようにして、柔らかくしてからタレを塗るのか」
「そこは分かりません」
「だから研究してほしいです」
三郎が苦笑した。
「また面倒くさいこと言うな」
「でも、面白い」
母も同じように笑った。
「うまくいけば、ええ値がつくやろうな」
八郎は大きく頷いた。
「捨て値のものに値がつくのは、金山を探すようなものです」
「外れもあります」
「でも、当たれば大きいです」
「しかもうなぎは、川にそこら中にいるじゃないですか」
三郎が思わず笑った。
「いるな」
「いる」
「今まで、ただの川魚として見てたけど」
「お前が言うと、銭が泳いでるように見えてくるわ」
母も吹き出した。
「銭が泳いでる川かいな」
八郎は真剣だった。
「はい」
「骨を取る手間」
「タレを作る手間」
「焼き方の手間」
「その手間をかけても、値が上がるならやる価値があります」
三郎は料理人の顔になっていく。
「まず、何匹か仕入れる」
「頭を押さえる」
「小刀をよく研ぐ」
「腹を開く」
「骨に沿って身を外す」
「串を打つ」
「軽く焼く」
「そこからたれやな」
母が横から言った。
「いきなり客に出したらあかんで」
「身が崩れるかもしれへんし、骨が残るかもしれへん」
「まずは家の者で食べてみる」
「それから宴会で少しずつ出して、味を見てもらう」
八郎は嬉しそうに頷いた。
「それがいいです」
「御宴会に小皿で出します」
「白焼き」
「タレ焼き」
「だし漬け焼き」
「味噌を強くしたもの」
「砂糖を強くしたもの」
「皆に食べてもらって、どれがよいか言ってもらいます」
三郎が笑った。
「嫌々言いながら、みんな食うやろな」
「酒があれば余計に」
母も言う。
「姫君方に出すなら、骨が残ってないかは絶対見なあかん」
「そこだけは丁寧にしなさい」
「はい」
八郎は頷いた。
「まずは骨取りです」
「味より先に、食べやすさです」
「骨が邪魔だから嫌い、という人を減らします」
「その上で、タレで別の料理にします」
三郎は腕を鳴らした。
「よし」
「やってみるか」
「どうせ冬は新しい飯を考える時期や」
「焼き芋の次は、うなぎの腹開きやな」
母も立ち上がった。
「タレは私も見るわ」
「味噌と砂糖の加減は大事やから」
八郎は満足そうに笑った。
「ありがとうございます」
「研究は大事です」
三郎が苦笑する。
「戦の話も、借金の話も、うなぎの話も、全部同じ顔で言うな」
八郎は胸を張った。
「全部つながっています」
「食べやすくなれば人が来ます」
「人が来れば銭が回ります」
「銭が回れば借金が減ります」
「借金が減れば兵も鍛えられます」
母が呆れたように笑った。
「うなぎから兵まで行くんやね」
「はい」
「順繰りです」
三郎は、もう頭の中でうなぎを開いていた。
「これは、当たったらでかいな」
「川に銭が泳いでるかどうか、確かめてみるか」
その日、帳面合わせの後の台所には、焼き芋の甘い匂いと、
まだ見ぬうなぎ料理への期待が漂い始めていた。




