表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
491/649

1534年11月1週目。帳面合わせのあと、三郎兄様と母にうなぎの食べ方について相談する。

帳面合わせがひと段落した後、八郎は三郎と母を呼び止めた。

「あと、うなぎなんですけど」

三郎は少し嫌な顔をした。

「また何か思いついた顔やな」

母も笑う。

「今度は何を食べさせる気やの」

八郎は真面目に言った。

「うなぎは、今はぶつ切りにして食べることが多いですよね」

「まあ、そうやな」

三郎が頷く。

「ぶつ切りにして焼くか、煮るか」

「うまいはうまい」

「でも、骨が気になります」

八郎はそう言って、箸で魚の骨を指した。

「うなぎは脂もあって、身も美味いです」

「けれど、骨が口に残ります」

「好きな人はそのまま食べます」

「でも、嫌な人はそこで嫌になります」

「子どもや年寄り、姫君方に出すにも少し難しい」

母は頷いた。

「たしかに、骨があると食べにくいな」

「そこを変えたいです」

八郎は続けた。

「ぶつ切りにするのではなく、横っ腹というか、腹から裂いて、骨を取ります」

「頭を押さえて、小刀で腹を開く」

「骨に沿って身を外す」

「それを焼く」

「まずはそこから試したいです」

三郎は腕を組んだ。

「うなぎを開くんか」

「ぬるぬるするし、細いし、なかなか面倒やぞ」

「はい」

「面倒です」

八郎はあっさり認めた。

「でも、面倒なところに銭があります」

「骨を取れば、食べやすくなります」

「食べやすくなれば、値を上げられます」

「ぶつ切りの川魚ではなく、料理になります」

三郎の目が少し変わった。

「料理、か」

「はい」

「それと、たれです」

母が聞き返す。

「たれ?」

「天ぷらにつけるつゆのようなものです」

「酒、砂糖、味噌、醤油に近いもの」

「出汁も入れるかもしれません」

「そのあたりを調合して、焼いたうなぎに塗って食べる」

「あるいは、焼きながら何度も塗る」

「多分、美味しいと思います」

三郎は少し考え込んだ。

「甘辛い味か」

「脂のあるうなぎに、甘辛いタレ」

「それは合いそうやな」

母も頷く。

「味噌が強すぎたら、うなぎの味が消えるで」

「砂糖も入れすぎたら焦げる」

「はい」

「そこは試しながらです」

八郎は身を乗り出した。

「焼くだけでは、タレが染み込まないかもしれません」

「一度焼いてから塗るのか」

「塗ってから焼くのか」

「だしに少し漬けてから焼くのか」

「あるいは蒸すようにして、柔らかくしてからタレを塗るのか」

「そこは分かりません」

「だから研究してほしいです」

三郎が苦笑した。

「また面倒くさいこと言うな」

「でも、面白い」

母も同じように笑った。

「うまくいけば、ええ値がつくやろうな」

八郎は大きく頷いた。

「捨て値のものに値がつくのは、金山を探すようなものです」

「外れもあります」

「でも、当たれば大きいです」

「しかもうなぎは、川にそこら中にいるじゃないですか」

三郎が思わず笑った。

「いるな」

「いる」

「今まで、ただの川魚として見てたけど」

「お前が言うと、銭が泳いでるように見えてくるわ」

母も吹き出した。

「銭が泳いでる川かいな」

八郎は真剣だった。

「はい」

「骨を取る手間」

「タレを作る手間」

「焼き方の手間」

「その手間をかけても、値が上がるならやる価値があります」

三郎は料理人の顔になっていく。

「まず、何匹か仕入れる」

「頭を押さえる」

「小刀をよく研ぐ」

「腹を開く」

「骨に沿って身を外す」

「串を打つ」

「軽く焼く」

「そこからたれやな」

母が横から言った。

「いきなり客に出したらあかんで」

「身が崩れるかもしれへんし、骨が残るかもしれへん」

「まずは家の者で食べてみる」

「それから宴会で少しずつ出して、味を見てもらう」

八郎は嬉しそうに頷いた。

「それがいいです」

「御宴会に小皿で出します」

「白焼き」

「タレ焼き」

「だし漬け焼き」

「味噌を強くしたもの」

「砂糖を強くしたもの」

「皆に食べてもらって、どれがよいか言ってもらいます」

三郎が笑った。

「嫌々言いながら、みんな食うやろな」

「酒があれば余計に」

母も言う。

「姫君方に出すなら、骨が残ってないかは絶対見なあかん」

「そこだけは丁寧にしなさい」

「はい」

八郎は頷いた。

「まずは骨取りです」

「味より先に、食べやすさです」

「骨が邪魔だから嫌い、という人を減らします」

「その上で、タレで別の料理にします」

三郎は腕を鳴らした。

「よし」

「やってみるか」

「どうせ冬は新しい飯を考える時期や」

「焼き芋の次は、うなぎの腹開きやな」

母も立ち上がった。

「タレは私も見るわ」

「味噌と砂糖の加減は大事やから」

八郎は満足そうに笑った。

「ありがとうございます」

「研究は大事です」

三郎が苦笑する。

「戦の話も、借金の話も、うなぎの話も、全部同じ顔で言うな」

八郎は胸を張った。

「全部つながっています」

「食べやすくなれば人が来ます」

「人が来れば銭が回ります」

「銭が回れば借金が減ります」

「借金が減れば兵も鍛えられます」

母が呆れたように笑った。

「うなぎから兵まで行くんやね」

「はい」

「順繰りです」

三郎は、もう頭の中でうなぎを開いていた。

「これは、当たったらでかいな」

「川に銭が泳いでるかどうか、確かめてみるか」

その日、帳面合わせの後の台所には、焼き芋の甘い匂いと、

まだ見ぬうなぎ料理への期待が漂い始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ