1534年11月1週目。肥後薩摩の八郎軍を島津本家に2月までしばいてもらうwww3800万文計上。1200万文は島津の侍の借金を消す
十一月一週目。
本拠の広間では、月初の帳面合わせが開かれていた。
父、母、帳面役、商家衆。
三郎、四郎、五郎、六郎、七郎もそろっている。
八郎は、いつものように座布団へちょこんと座り、目の前の帳面を軽く叩いた。
「細かいところは、後で見てください」
「今日は、先に大きな話をします」
父が少し身構えた。
「また大きな話か」
母も苦笑する。
「日向の戦費を見たばっかりやのに」
八郎は真面目な顔で頷いた。
「島津本家へ、改めてお願いに行きました」
「十一月、十二月、一月、二月」
「四か月間、島津本家のお侍さんに来ていただき、八郎軍をしばき倒してもらいます」
三郎がすぐに突っ込んだ。
「言い方よ」
五郎も笑う。
「自分の軍をしばき倒してくださいって頼みに行く四歳児、なかなかおらんぞ」
八郎は気にせず続けた。
「そのための費用として、三千八百万文を計上します」
広間が固まった。
父が目を見開く。
「三千八百万文」
母が額を押さえた。
「またでかい額やな」
「はい」
八郎はあっさり認めた。
「ただし、諸経費込みです」
「島津本家からは、毎月六百人ずつ来ていただきます」
「三万五千石の束ごとに、一か月ずつ」
「一束目、二束目、三束目、四束目」
「同じ家中だけが得をしないように、順番に出していただきます」
帳面役が筆を動かす。
「島津本家への手当は」
「四か月で一千二百万文です」
八郎は答えた。
「一人あたり月五千文」
「六百人で月三百万文」
「その分を、各束の借金から減らします」
「つまり、一束ごとに三百万文ずつ借金を消す形です」
「島津本家の借金三千二百万文のうち、一千二百万文を、この冬で消します」
四郎が静かに頷いた。
「残りの二千六百万文が、飯、宿、移動、医薬、木槍、盾、具足補修、荷駄、帳面役などですね」
「はい」
「しごくにも飯が要ります」
「怪我人も出ます」
「寒い時期なので、体を壊さないようにする費用も必要です」
母が呆れながら言った。
「しばき倒すのに、体を壊さないようにするんやね」
「はい」
「春に死なせないための冬です」
その一言で、広間の空気が少し締まった。
父が低い声で尋ねる。
「その先は、肥前か」
八郎は地図を広げた。
「はい」
「大友とは来年六月まで停戦しています」
「その間に、一度肥前の龍造寺を攻めます」
三郎が腕を組む。
「二月から三月か」
「はい」
「冬に鍛え、二月末から三月に動ける形を作ります」
「落としどころは二つあります」
八郎は地図の肥後北部を指した。
「最低ラインは、肥後に残る国人衆十万石をすべて降伏させること」
「そして、龍造寺領の半分ほどを取り、停戦すること」
五郎が顔をしかめた。
「最低ラインがすでに大きいんよ」
八郎は続ける。
「最高ラインは、龍造寺そのものを取り込みます」
「さらに、その先の有馬、松浦を順繰り飲み込み、肥前を平定します」
「そうなれば、九州は大きく分けて、大友、大内、八郎の三者の土地になります」
広間がまた静かになった。
父が息を吐く。
「話がどんどんでかくなるな」
母もぽつりと言った。
「この前まで、混ぜ飯を売ってた子やのに」
三郎が苦笑した。
「今は肥前平定の話してるからな」
五郎は帳面を見ながら言った。
「でも、取るということは、また借金漬けの土地を抱えるということやな」
「はい」
八郎は頷いた。
「そこが一番大事です」
「龍造寺を取る」
「有馬、松浦を取る」
「そう言うのは簡単です」
「でも、取った後には、また借金があります」
「農民の借金」
「侍の借金」
「商家衆の帳面」
「寺社の貸し借り」
「荒れた田畑」
「足りない湯浴み」
「足りない市」
「全部、順繰り見なければなりません」
四郎が静かに言った。
「戦より、戦後の方が長いですね」
「はい」
「佐土原でやったことを、またやります」
「市を立てる」
「飯を炊く」
「湯を沸かす」
「証文を出させる」
「利を下げる」
「仕入れで借金を消す」
「寺社市を回す」
「人を雇う」
「その繰り返しです」
父は地図を見つめた。
「それを九州でやるんか」
「はい」
「九州を豊かにしながら、交易を深めます」
「その先は瀬戸内です」
「大友とも、大内とも、いずれ向き合うことになります」
「でも、いきなり大きな相手とぶつかるより、取れるところを取り、豊かにし、
交易でつないでから考えた方がよいです」
三郎が頭をかいた。
「また全部つながってるな」
「兵を鍛える」
「龍造寺を攻める」
「借金を消す」
「市を立てる」
「瀬戸内へ行く」
「普通、別々の話やぞ」
八郎は胸を張った。
「別々ではありません」
「全部、帳面の上ではつながっています」
母が笑った。
「帳面で九州を見てるんやね」
「はい」
「ただし、帳面だけでは人は動きません」
「飯と湯と借金と笑いが要ります」
五郎が苦笑する。
「そこに笑いも入るんやな」
「はい」
「豊かになった土地には、娯楽も要ります」
父はしばらく黙り、それから小さく笑った。
「三千八百万文で、冬に兵を鍛える」
「春に肥前を見る」
「取った土地の借金をまた消す」
「話はでかいが、やることはいつもの八郎やな」
八郎は頷いた。
「順繰りです」
三郎がすぐに言った。
「その順繰り、規模がおかしいんや」
広間に笑いが起きた。
だが笑いながらも、誰も反対はしなかった。
日向で見た。
借金が消えた時、人の顔が変わることを。
戦で勝つより、戦の後に飯を炊き、湯を沸かし、証文を破る方が、八郎の本当の強さなのだと。
帳面役は最後に、太く書き込んだ。
――冬季教練費、三千八百万文。
――島津本家借金減免、一千二百万文。
――目的、肥前龍造寺。
八郎はその文字を見て、小さく頷いた。
「冬に泣いて、春に死なない軍にします」
その言葉に、広間はもう一度、静かになった。




